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魔都に烟る~part6~

 
 
 
 「……よくも私にそんな口を……!あなた、私を誰だと思っているの……」

 そんなお定まりのセリフで、よくもまあそこまでスゴむものだと、内心、ローズは苦笑を隠し得ない。

 こんな女を何人も相手にすることを考えると、さすがの彼女も、少しばかりレイのことが気の毒に思える。

 「……さあ?私は、長く国を離れておりましたので……」

 それなら、と、ローズも少しだけ挑発に乗ってやることにした。

 本当は外国に行ったことなどなかったが、世間から隔絶していたと言う意味では、強ち嘘でもないだろう、とも思う。

 「どうせ、その顔で誑かしたんでしょう、ユージィン様を。……何でユージィン様は、あなたみたいな人を……」

 貴族の結婚相手など、ハッキリ言ってしまえば本人の意思など関係ない。親同士の約束に決まっているのだから。たまたま、お互いを気に入れば運がいいだけだ。

 それにも関わらず、『何で』と言われても……ローズは再び苦笑いする。

 しかし、レイのことはさて置き、ここまで自分のことを見下した言い方をされていい気分はしない。

 こうなるとローズも、ひと言やふた言は返してやらなければ気が済まなくなった。

 「そんなにレイを手に入れたいのなら、あなたの気持ちをお伝えになってはいかが?」

 坦々としたローズの言葉に、一瞬、躊躇する様子を見せる女。

 「……何なの、あなた。自分の婚約者に……他の女に想いを伝えるように勧めるなんて。やっぱりユージィン様のことなんて何とも思っていないのね!」

 『当たり前だわ』と、心の中でローズは笑った。何とも思っていない、どころの話ではないのだから。

 だが今は、それを口にすることは出来ない。

 「私との婚約を解消して、あなたと結婚してくれるようにレイに提案してみればよろしいのよ」

 ヒステリックな女の言葉には応えず、ローズは平然とした体で言い放った。

 女の目が、一瞬、泳いだのがわかる。頭の中で、それなりに計算しているに違いない。ローズはそのタイミングを見逃さなかった。

 「もちろん、レイがその提案を受け入れるかどうか、は、わからないけれど」

 艶やかな笑みを浮かべてローズは言い放つ。

 「もしも受け入れれば、レイはあなたのものになる。断れば、あなたには気がない、と言うだけのこと」

 艶然とした空気を纏ったローズの笑み。

 そんな様子で痛烈な嫌みを言われた女は、怒りで顔を真っ白にしてローズを睨みつけた。その視線を真っ向から受けたローズも怯まない。

 二人の間にみなぎる緊迫感。それだけが夜の外気を震わせていた。

 「……ゴドー伯爵……ユージィン様!」

 クラーク子爵の子息・アレンとの話が終わり、ローズを探しに行こうとしていたレイは、再び、声をかけられて立ち止まった。

 声のした方を見遣ると、先ほどローズに向かい、群れなして視線の矢を雨霰と浴びせていた女たち。

 「……何か?」一見、穏やかにレイが問う。

 「何か?なんて……そんなお冷たい。たまにしかお会い出来ないユージィン様を、皆でお待ち申し上げておりましたのに……」

 「……これは失礼致しました。そのようなお言葉を賜わり、身に余る光栄です……」

 ローズが聞いていれば鼻で笑ったであろう、空々しいにもほどがある口調。

 だが、性格に難あり、とは言え、箱入り娘たちには十分な効果があった。恥ずかしそうに下を向く者、顔を赤らめて見合わせる者。

 「ユージィン様がご婚約されていたなんて、私たち、初めてお聞きしましたわ。そのお話は本当ですの!?」

 中のひとりが口火を切ると、他の女たちも一斉にレイに視線を向けて頷く。

 「……本当です」

 全く動じる様子も、悪びれる様子もなく、レイは平然と答えた。女たちに落胆の様相が広がる。

 「一体、いつから……」

 「産まれた時からです。彼女が外国に行ってしまっていたので、話題に出なかっただけのことですよ」

 シナリオ通り、レイは坦々とストーリーを紡ぎ出した。

 「本当にあの方と結婚されるおつもりですの!?」

 『婚約者』として紹介しているのに、おかしな質問をして来るものだと、内心、笑う。━が。

 「もちろんです」穏やかに答える。

 表情を硬くして立ち尽くす女たち。その場の空気までが固まったかのような空間。

 「……ユージィン様は、もう既にご自身が伯爵家のご当主ではありませんか。何も、決められたものだからと、無理にあの方と結婚される必要はないのではありませんか?」

 口火を切ったひとりが、両手でドレスを握り締めながら問う。

 「私の結婚は、私ひとりの……ゴドー家だけの問題ではありません」

 暗に、ローズの家との兼ね合いを問題点として引き出す。結婚が家同士の繋がりである以上、当然のことではあるが。

 「……では、あの方を愛している訳ではなく、単にお家(おいえ)のためにご結婚されるのですね!?」

 レイは苦笑した。自分たちだとて、相手が誰であれ、親が決めてしまえば結婚しなければならない身であろうに。

 例え、そこに愛があろうと、なかろうと。

 「……いいえ。そればかりではありませんよ」

 たが、ここで釘を刺しておかねば、何のためにローズと手を組み、大々的に『婚約者』として披露したのかわからなくなる。

 そもそも、彼女たちのような女からの緩衝役として選んだところが大きいのだから。

 もちろん、それだけではない。

 それでも、ここでローズの立ち位置を明確にしておかなければ、全く意味がなくなってしまう。

 「……私自身が、彼女との結婚を望んでいるのです」

 優しげに微笑み、レイは続けた。女たちが顔を見合わせてざわめく。

 「……あの方のどこがそんなに……」

 「……すべてが……」

 女の言葉を遮るように、レイは声を発した。その目に、女たちを魅了する妖しげな光が宿る。

 思わず見惚れる女たちに、だが、まだ少女に近いような箱入り娘たちには、あまりに強烈な言葉を放つ。

 「……絡みつく彼女の髪、白い肌……そして私に縋りつく腕が……」

 固まりかけている女たちに、尚も続ける。

 「私を呼ぶその声……唇から洩れる吐息 ……その全てが」

 声を発することも出来ずにいる女たち。レイは唇の口角を上げながら━。

 「……私を捕らえて離さないのですよ」

 とどめとも言うべき最後のひと言。

 「……失礼。彼女を捜しておりますので……」

 微動だにしない女たちを置いて、レイは『風にあたる』と言っていたローズを捜しに向かった。

 (少しばかり刺激が強すぎたか)心の中で冷笑する。

 テラスに出てみると少し向こうに人影。どうやら、二人の女が向かい合っているらしいのがわかる。

 レイは柱の影に入り様子を窺う。ひとりは間違いなくローズのようだ。もうひとりは━。

 それが、つい今しがた、レイに声をかけて来た集団の中心人物であること、を彼は認めた。

 あの数人の目的の半分は、レイを足止めする役割であったことに気づき、彼の唇が妖しく笑う。

 向かい合う女とローズ、そしてレイ。

 三人の、心の立ち位置をそのまま表した影が、テラスへと映し出される。

 そうしている間にも、静かに、確実に、時は近づいていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

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