浜崎さんの『人生、悲喜交々①』@ Under the Rose
※この話は、創作小説もどき『声をきかせて』より少し後の話になります。
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私の名前は、浜崎丈司(はまざきじょうじ)と申します。
バー “Under the Rose ~アンダー ザ ローズ~” を営み、同じ敷地内では、父が小料理屋『縒処(よりどころ)』を営んでおります。
店の名前の由来は、古代ローマからの語源による『内密に』『秘密の』『こっそりと』と言う意味を踏まえ、お客さまが安心して話せる場所に、と思ってつけました。ですから、不粋な方のご来店は慎まなくてもお断り申し上げております。
厳密に言えば『隠蔽』と言う風にも取れますが……まあ、よい意味に取るか、悪い意味に取るかはお客さましだい、と言うことで。
父の店の名前の由来は、『拠り所』からの当て字と言うか……『腕に縒りを掛けて』『糸を縒ってひとつになる』と言う意味も籠めているようです。
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さて、私の店を気に入ってくださる方はそれなりにいらっしゃいますが、その中でも特に嬉しい御縁と言うものはございます。
その最たる御縁のひとつが、当店に酒類を入れてくださる佐田さん……のお友だちで総合商社にお勤めの中岡さん……がご紹介してくださった方。
この方との御縁は、もしかしたら私の人生の中でも最高のインパクトがあったかも知れません。
それが、中岡さんの大学の先輩であり、お勤め先の先輩でもある片桐さん。若くして米州部の課長を担っていると言う方です。この方は、父の店も気に入ってよく顔を出してくださるのですが、男の目から見ても本当に不思議な魅力のある方です。
さらに御縁は繋がるもので、片桐さんがお連れくださったのが、お勤め先の後輩で元・部下だったと言う藤堂さん。
この藤堂さんは、いわゆる『ハンサム』の名に恥じない容貌をしておられ、もちろん中身も真面目で優しくて、これはモテて大変だろうな……と推測します。
お二人の会話を拝聴すると、本当にお互いを信頼し合っているいい上司と部下の関係を体現されていて、会社勤めではない私は時々羨ましくなるほど。
しかも、毎回、それはそれは楽しいお話を聴かせてくださいます。思い出しても吹き出しそうなくらいに……あ、これは、失礼。
少し前に、藤堂さんは社内でゴタゴタがあり大変だったようですが、今は落ち着かれたようで。つい先日は、片桐さんとそれぞれに絶世の美女をお連れくださり、私にとっても、それはそれは至福の時を過ごさせて戴きました。
━で、今宵ですが。
何故か、週末の夜に男性陣がお二人だけでご来店くださり。
今、まさに、私の目の前で、お二人の『むさ苦しい会話』が勃発しようとしているところで、今宵の私も興味津々でございます。
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先日、佐田さんがお持ちくださったスコッチをお出しすると、これまたお二人は気に入ってくださった様子。
こう言った満足気なお顔を拝見するのも、バーテンダーの至福のひと時。
……なのですが。
どうも今宵の藤堂さんは、心なしかお顔が……不満気なご様子。はてさて、何かあったのでしょうか。
「藤堂。突然の誘いでびっくりしたぞ。どうしたんだ」
「……申し訳ありません」
「いや、別に構わないが……何かあったのか?顔が強張ってるぞ」
片桐さんの言葉に、私も心の中で頷きました。藤堂さんは明らかに表情が曇り気味。
「……彼女と何かあったのか?」
片桐さんの言葉に、藤堂さんが一瞬ピクリと反応。これはどうも図星のようですねぇ。
ところで、片桐さんの仰る『彼女』と言うのが、先日、お連れくださった美女のおひとり。雪村さんと言うお名前の、それはそれはお美しい、まさに絶世の美女と言う呼び名に相応しい方です。
藤堂さんと並んでいる様子は、まるで絵物語のように美しいお似合いのお二人でした。
さて、藤堂さんに視線を戻すと、何か言いたげにグラスを凝視し、言葉を探している様子。
「課長……」
「ん?どうした?」
藤堂さんは、躊躇うように片桐さんに切り出しました。
その、あまりにも思いつめた面持ちに、思わず私が良からぬ想像をしてしまった程です。あ、『良からぬ想像』は皆さまのご想像にお任せし、割愛致します。
「今井さんとはどうなってるんですか?」
「は……………………?」
片桐さんのお顔には「意味わかんね~」と書いてありました。もちろん、私にも藤堂さんが言わんとしていることはわかりませんでしたが。
「最近、今井さんとうまくいってない、なんてことは……」
(藤堂さん。それは絶対にないです。先週末も仲良くお二人でいらしてくださいましたよ。片桐さんは、終始、今井さんのご機嫌を取っておられました……いつも通り)
私は片桐さんが答えるより先に心の中で呟きました。
「藤堂。きみ、何が言いたいんだ?」
明らかにイラっとした片桐さんの様子。顔にはしっかりと「そんなこと、きみの知ったことじゃない」と書いてあるのが見えます。
そう。片桐さんは、この手の話題で人のことをからかうのはお好きのようですが、自分のことは一切合切ノーコメントという、ある意味、理不尽なところがある方なのです。まあ、もちろん、それを補って余りある魅力があるのですが(後付けフォロー)。
……と言うか、単なる照れ屋なんでしょうね(一応フォロー)。
藤堂さんは、そんな片桐さんにこう続けました。
「……最近、3割から4割の確率でフラれます」
「は………………?」
片桐さんはポカーンとした顔で藤堂さんの顔を凝視しました。ちなみに私も横目で見てしまいました。
「……誰が誰に3割4割の確率でフラれるって?」
「ぼくが、雪村さんに、です」
片桐さんのポカン度が3割アップしました。
(それは、デートに誘うと断られる、と言う意味なのでしょうか、藤堂さん)
私も心の中で参戦。
「……今日も誘ったんです」
藤堂さんはグラスを両手で挟み込み、視線を固定したままで呟くように言いました。
「……ははぁ~。それでフラれたからおれを誘って来たワケか」
愉快そうに言う片桐さん。どうも片桐さんのご機嫌は直ったようですね。
「……………………」
藤堂さんは沈黙の美男子。
「藤堂。おれに何が言いたいんだ?」
しびれを切らす片桐さん。
「……課長が……」
「あ…………?」
「課長がしっかりと今井さんを掴まえておいてくれないから……!」
「はぁ~???」
藤堂さんの叫びに対して、片桐さんは盆踊りの拍子のような声を発しました。
「落ち着け、藤堂。さっぱり意味がわからんぞ」
(いや、片桐さん、たぶん藤堂さんは狼狽えてはいませんよ)などと思いつつ、
(でも、藤堂さん、私にもさっぱり意味がわかりません)とも思いつつ。
「……誘いを断られる理由が十中八九、今井さんなんです」
藤堂さんの言葉に、片桐さんはピンと来た様子。
「あぁ……そう言えば、今日、一緒に食事に行くとか言ってたな」
「課長、知ってたんですか!?」
「知ってたさ。おれも誘ってフラれたクチだからな」
藤堂さんと違い、片桐さんは「だから、何だ?」と言うような、全く何でもないことのように平然と言い放ちました。
「課長は何とも思わないんですか!?」
「いや、別に?」
(これは面白い。お二人の考え方は完全に違うようですね)
「最近、断られる時はいつも理由が “里伽子さんと……” なんです。課長、何とかしてください」
「何とかしろったって……」
片桐さんは困ったように、一瞬だけ言葉を濁しましたが、
「女性同士の約束事に、男がクチを挟むとロクなことはない」と、即効で返しました。
さすがのご意見です。もしかすると、過去に何か痛いことがあった教訓なのでしょうか。……さぞかし、いろいろあったんでしょうね。
すると藤堂さんは、さらにテンションが下がり。
「逢ったら逢ったで、今井さんの話ばかりするんです。 “この間、里伽子さんが教えてくれたお店が……” だの、 “この間、里伽子さんと食事した時……” だの……」
目を見開いて藤堂さんを凝視した片桐さん(と私)。
「……藤堂。きみ、まさか……」
(……藤堂さん。あなた、まさか……)
片桐さんの声は、完全に、綺麗に、私の心の声とハモりました。
「今井さんに妬いてるのか?」
(何と!)
藤堂さんはドヨ~ンとした顔で俯きました。こんなにモテモテそうな美男子でも、好きな女性のことでは悩むものなんですねぇ(棒読み)。
「藤堂。女性相手に妬くなんてバカげてるぞ。気にしてたらキリがない。あきらめろ」
(そうです、そうです)
私は心の中で同意しながら頷きました。
「課長が先手を打って今井さんを誘ってくれれば……」
「いや、それを言うなら、きみが雪村さんを誘えばいい話だろう。大体、仕事中だって四六時中、一緒にいるんだろうが、きみたちは」
片桐さんの意見はごもっともです。
それに、恐らく、ですが、片桐さんもガマンしてらっしゃると思いますよ、藤堂さん。きっと、あなたのために、今井さんとの時間を雪村さんに提供しているのでしょう。
……と。
「……今井さんとのことを楽しそうに話すし」
「今まで交友関係が少なかったんだから仕方ないだろう。友だちが出来て楽しんだろうさ」
「……二人でいても “主任” って呼ぶし」
「おれだって “課長” って呼ばれてるぞ」
「……今井さんといる方が楽しそうだし」
「いやいや、今井さんに勝とうなんざ、100年早いだろ」
(……って、お二人とも漫才はもう勘弁してください。もう笑いを堪えるのが……)
藤堂さんは、完全に沈黙の艦隊。見かけ通りと言うか、先日のことと言い、ちょっとナイーブな方ですねぇ。
「他の奴とじゃないだけマシだろうが。おれは相手が女性に限り、全然構わんと思ってる」
片桐さんの言葉にもドヨ~ンとしたままの藤堂さん。
「……おいおい。王子ともあろう者が姫様にはメロメロで形なしだな」
藤堂さんのドヨン度を見た片桐さんが、半ば呆れたように、半ば微笑ましげに、ため息まじりに言いました。
(本当ですねぇ)
私までそんな藤堂さんを微笑ましく思ってしまいます。ま、もう少しメンタルは強くなった方が宜しいかとは思いますが……あ、失礼。余計なお世話でございました。
「……課長だって、今井さんにそうじゃないですか」
さらにドヨ~ンとした様子ですごく弱い反論。
「おれ?おれは……」
そう言った片桐さんは、今まで私が見たことがないような目をされました。
藤堂さんが、思わず目を見開いて片桐さんを凝視し、チラ見していた私までもが息を飲んでしまうくらいに。
「……おれは、そんなもんじゃない。そんな生やさしいもんじゃ……」
片桐さんは言って、
「……溺れてる、って言った方が正確だ」
そう続けました。
「……深すぎて……溺れてる、って感覚だ」
何と!何と言うことでしょうか。あの片桐さんが……って、どの片桐さんなのか、と思わず自分に突っ込んでしまいました。いえ、いつも自信満々な片桐さんが、と言う意味ですが。
「……課長……」
藤堂さんが息を詰めて片桐さんを見つめました。
「そんな顔するな。これはこれで悪くない気分だぞ」
片桐さんは微かな笑みを浮かべ、
「大体、さっき言っただろうが。今井さんに勝とうなんざ、100年早い、ってな。……おれも含めて」
そう言った後でニヤリと笑い、そのいつもの笑顔にようやく藤堂さんの顔にも笑顔が戻りました。
「……ってことは、課長も今でも今井さんにヤラれっぱなしってことなんですね」
「……そんなことは言ってない」
……何だか、またまずい展開になって来ましたか。藤堂さんも変なところで負けず嫌いと言うか……。
「でも100年早いんですよね」
「そんなのは言葉の例えだ」
いやいや藤堂さん。片桐さんだって、100年経っても今井さんには勝てないでしょうから心配はいりませんよ……って、そんなことを言ってる場合じゃなかった。
すると、その時、店の電話が鳴り。
「失礼します」
私は電話を受けに引っ込みました。
『 “ Under the Rose ” でございます。……これは、これは。ええ、先日はありがとうございました。……は……これから……はい、大丈夫でございますとも。はい……はい……では、お待ち申し上げております』
私がカウンターに戻ると、大人気ない男性二人はまだヤイノヤイノと楽しげに言い合っております。
まったく。男と言う生き物はいくつになっても少年のようで……って、失礼。私もその端くれでした。
それにしても、このお二人は本当に営業部の敏腕課長とエリート部門のエースなんでしょうかねぇ(遠い目)。……あ、失礼。
敏腕課長であろうとエリートであろうと同じ人。いろいろ心の中はありますよね、はい。
「お二方に申し上げます」
私の言葉に、二人はピタッと言葉を止めてこちらを向かれました。
「ただいま絶世の美女お二人よりお電話があり、5分以内くらいでこちらにいらっしゃるとのことですが……」
私がそこまで言ったところで、二人は同時に鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になり、
「「浜崎さん、おれ(ぼく)たちはここにはいませんから!」」
……と、ハモって仰いました。
そして、二人で慌ててカウンターからは全く見えない奥の席へそそくさと移動。
あのお二人は本当に、営業部の敏腕課長とエリート部門のエース……以下省略。
ほうほう、そうですか……。
いや、私とて男ですから。いくら楽しい会話が聴けると言っても、いくらイケメンコンビとは言っても、男性二人を眺めるよりは、美女二人の方がよほど目の保養に……あ、失礼。
失言ばかりで申し訳ない(棒読み)。
……と言うわけで、今宵は何と、二幕まで楽しませて戴けるようでございますね。
とりあえず、これにて一幕目は締めさせて戴きます。
~つづく~