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社内事情〔34〕~望まぬ再会2~
〔片桐目線〕
*
ようやく判明した敵の正体。
流川とコリンズ(=スタンフィールド)に関する報告を専務にし終え、大部屋に戻る途中で藤堂と合流した。専務たちへの報告の場に立ち会いたかったようだが、来客中で抜けられなかったらしい。
専務はこの後、社長に報告しに行くと言い、各部署の責任者への説明はおれが一任された。
米州部の矢島部長、欧州部の室井部長と中岡、アジア部の林部長も交え、ミーティングルームであらましの説明をした。彼らの見解を聞いた上で、今後の方針を相談したかったのもあるし、もちろん専務も含めての話し合いの場も持たなければならない。それでも、とにかく概要だけでも説明しておきたかった。
五年前、おれの詰めが甘かった点も含めて、正直に。
話しているおれの心境はどん底みたいなものだ。だが、黙りこくって聞いている皆の表情は、引き締まってはいるものの、思ったよりも穏やかなものだった。
そして、皆の意見は概ね一致したもので、とにかく取り引き先に先手を打つこと。
あとは、何故か皆一様に『片桐くんの判断に委せる』って……思わず、おれに丸投げかよ!と言いたくなる。━が。
「流川くんだけでなく、相手を一番知っているのはきみだ、片桐くん。我が社の社員は全員、運命共同体だ。ぼくたちは、何よりもきみのことを全面的に信頼している。きみの力を。きみの思う通りにぼくたちは動く。そして、社をあげて、今度こそ完勝しよう」
矢島部長のひと言に、その場にいた全員の視線が、静かにおれの方に注がれた。皆の真っ直ぐに視線を感じる。
おれの力云々は置いておき、確かにおれは自分のツケは自分で支払わなければならない、と思い起こす。
「……力を貸して戴きます」
おれの言葉に、全員が一斉に頷いた。
とにかく、まずは最初にしなければならないのは、今それぞれが担当している取り引き先への根回しと警告。そして、この場にいない社員への伝達と通知。
さらなる詳しい話し合いは、専務や他部署の責任者も含めて行なうことで合意し、この時は解散となった。
━と。
ミーティングルームから大部屋に戻る途中でおれの携帯電話が鳴った。取り出して画面を見たおれは、見間違いかと表示された名前を二度見。
(里伽子?)
仕事中、里伽子がおれに、しかも携帯電話にかけて来るなんて珍しいことだ。と言うか、まず、ない。さっき、外出からまだ戻っていなかったようだが、何かあったのかと不思議に思いながら通話を繋ぐ。
「もしもし?」
返事がない。が、布が擦れるような音と外の微妙な音、そして、途切れ途切れの言葉の切れ端のような、呼吸音のような。
「………………?」
不思議に思いながら耳を澄ませた途端、設定していた里伽子の居場所を示すGPS機能が作動した。里伽子に今回の件をざっくりと話した時に、万が一の場合にお互いの位置を把握出来るようにしたためだ。
それだけではない。その万が一に備えて、希望者のみ社に届け出るよう、先日の社内勧告の際に全社員にも募った結果、かなりの人数が情報を提示するに至った。社への届け出を躊躇う者の中には、親しい同士で情報を交換した者もいるだろう。
一瞬、自分の目が何を見ているのかわからず、頭の中がフリーズする。
が、次の瞬間━。
おれの脳がフル回転し始め、弾かれたように身体が動き始めた。
机の引き出しを開け、社から支給されている滅多に使わない携帯電話を取り出し、GPSをオンにする。
「藤堂!社員一名のGPSが作動した!至急、手配と専務への連絡を頼む!おれはこのまま現場に向かうから、位置確認と連絡は社用携帯でしてくれ!おれの携帯には連絡されても出れん!」
おれはそう言って返事も聞かずに出入り口の方へと動いた。突然の事態に、一瞬、藤堂は固まっているのか、代わりに「了解です」と言う根本くんの返事がおれの耳を追いかけて来た。
里伽子の位置を確認すると大した距離ではない。だが、何かが起きているのなら、ほんの一秒二秒が大きな差を生む。おれはひたすら走った。
(……里伽子……何があった?)
電話からは、相変わらずハッキリとした音は聞こえて来ない。話し声のように聞こえる音が、里伽子が無事でいることのようにも思えるものの、応答がないことが焦る気持ちを煽るだけ煽る。
走って、走って、ただひたすら走った。
示されている場所の周りは、昼間でもひと気の途切れた場所。嫌な予感だけがおれの脳内を駆け巡っていく。
あの角を曲がれば里伽子がいるはずの場所、と言うところまで来て、おれは走る力を振り絞った。息が上がる。
角を飛び出したおれの目に、大柄な外人の男に詰め寄られる里伽子の後ろ姿と、傍に立つ背の高い女が映った。里伽子はその女を庇っているように見える。
だが、里伽子よりも背が高いその女の後ろ姿に、おれは記憶の一部が逆流して来るのを感じた。心臓が跳ね上がるかのように鳴る。
「……里伽……」
不安に駆られながら里伽子を呼ぼうとした瞬間━。
里伽子が男の太い腕に弾かれた。
おれの目の前で、里伽子の身体が宙を舞うその様が、まるでスローモーション映像のように目に映る。
「……っ……里伽子!!」
おれの声に反応した女が、僅かに顔をこちらに向ける。
「…………!!」
おれは声も出せずに、頭の中が真っ白になった。
振り向いた女━ついさっき電話で『ソニア』と名乗った━流川麗華の整った赤い唇の端が持ち上がり、これ以上ないくらい優雅な曲線を描く。毒々しい美しさを放つ悪魔のように艶然とした笑みが、まるでおれの様子に満足したかのように楽し気に花開く。
倒れ込んだまま動かない里伽子に駆け寄りながら、おれは流川の姿を幻でも見るように網膜に映していた。
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