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社内事情〔67〕~秘密4~

 
 
 
〔里伽子目線〕

 

 
 あの人は、自分の一番上にある心を知ることさえ出来ない、とても不器用な人だった。

 あの人に、静希とふたり捕まって数日。

 何度か顔を合わせる機会があり、何度か話す機会があり、そして、最後のあの日、わかったこと。

 あの人は、信じられないくらいに片桐課長を想っていた、と言う事実。そして、自分でもそれに気づいていない、と言う事実。

 何より、式見の解体と社長の失脚━━それをあれほどに望んだのは、お父さんのことによる、社長への恨み辛み、だけではなかった、と言う事実。

 『ひとりの人』として課長を手に入れることは出来ない、と無意識のうちにわかっていたんだろう。

 だからこそ、『仕事上のパートナー』として、でも良いから手に入れたかったのだ。

 だからこそ、課長の心を離さない社長に、恨みを重ねたに違いない。

 違う出会い方をしていれば、きっとあの人は課長の手を掴まえることが出来た。もしも、社長のことは関係なく生きる道を選んでいたら。

 でも、そちらの道を選んでいたら、出会ってはいないふたりだったのかも知れない。

 私が投げた言葉━。

『何故、この方法を選んだんですか?違う道を通れば、あなたは片桐を手に入れることも可能だったのに』

 途端に目が変わった。

 ━━今さら、後戻りは出来ない━━

 たぶん、あの人は心の中でそう言っていた。

『お前に何がわかる!』

 そう叫んで掴みかかって来た時、わかってしまった。

『この人はやはり、課長を仕事上のパートナーとして以上に、本当に手に入れたかったのだ』と。

 それがわかった時、私は思った。この人には、ある意味で引導渡されることが必要だ、と。

『本当はどこかで気づいていたのに、気づかないフリをしていたんですか?それとも気づきたくなかった?……いいえ、違う……本当は気づくのが怖かったんですね』と。

 図星だったんだろう。

 課長への気持ちを、社長への気持ちを、双方をごちゃ混ぜにすることで誤魔化していたのだ。自分自身を、自分自身の気持ちを。

 私も他人のことは言ってられない。一歩間違えれば、私だって同じだったのかも知れないから。

 だから、私は飛び降りる直前に伝えた。

『私は気づけて良かったと、心から思っています』と。

 私の気持ちが届いたかはわからない。でも、連れて行かれる時に、あの人が私を見た目は、少し違っていたように感じた。

 まあ、気のせいかも知れないけど。

 それでも、あの人も気づく日が来るかも知れない。

 ━━いつか、出会った時に。

 課長は、あの人と私が何を話していたのか、知りたくて堪らないのだろう。直接的に訊ねては来ないけれど、言葉の端々に感じる。

 でも、私はこのことを課長に言う気はない。いいえ、他の誰にも。私がひとりで、一生持って行くことにする。

 まあ、私のことだから、直に忘れてしまうだろうけどね。

 だって、あの人は、もう式見には関わって来ないと思うから。社長と交戦するつもりだと表明したらしいけど、恐らく、それ以上のことはして来ない。

 自分の気持ちを否定するための、精一杯の虚勢、そしてあの人なりのプライド故に。

 そして、気づけた私は、もうじき『片桐里伽子』になる。『片桐里伽子』として生きて行く。

 ……一生、ね。
 
 
 
 
 
~社内事情〔68〕最終話へ~
 
 
 
 
 
 
 
 

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