社内事情〔23〕~内示2~
〔里伽子目線〕
*
年の瀬も迫るある日。
林部長が、いつものように恐る恐ると言った体で姿を現した。一体、どんだけ怖がられているの?私。
「あ、あ~……今井さん。あのね……ぼくの部屋まで来てくれるかな?」
「はい、わかりました」
たったそれだけのことを震え声で言うと、部長はそそくさと立ち去った。
無愛想で仏頂面なのは自覚あるけど、ここまで来ると、何だかちょっとあんまりじゃない?
納得が行かない気持ちに苛まれながらも、データのバックアップとログオフ。さらに納得行かない気持ちを抱えたまま、私は部長室へと向かった。
「林部長。失礼します」4ノック、オープンドア。
「忙しい時にすまないね」
忙しいのは、別に部長のせいではないのだけど。やっぱり私を怖がってること確定。
「いえ。何かありましたでしょうか?」
「……うん……いや……うん……」
何なの?いつにも増して、この煮え切らなさは。
「……あのね。まだ本辞令ではないんだけどね……」
「……は……?」
辞令?辞令って……私に?本辞令ではないってことは、内示ってこと?
「来期、任期満了の坂巻さんに変わって、今井さんに赴任してもらうことになりそうなんだよね……」
「……え……」
一瞬、脳内が空白になり、次いで「ついに来たか」と言う感覚。いつかは来るとはわかっていたつもりだけど。
「まだ、本決まりって訳じゃないんだ。今、問題も色々あるしね。ただ、一応、予告だけはしておかないと、いきなり言われても無理だろうからね」
確かにそうだ。今の問題が片づかなければ動きが取りにくい。でも、片づいてしまえば、すぐにでも動かなければならない。
「考えておいて欲しい」
私の反応を不安気に見ていた部長の、静かな締めの言葉。
「……わかりました」
心ここにあらず状態の返事だけをして、私は部長室を退室した。
瑠衣の任期が終われば、きっと私か沢田くんが行くことになるであろう予想は、心のどこかにあったけれど。いざ、現実味を帯びて来た途端に、何だか現実ではないような気分になる。
海外営業部に配属された時からわかっていたはずのことなのに。
とは言え私は、恐らく米州部か欧州部に配属される予定だと、入社前の面談で内示を受けた時、何とも怖いもの知らずもいいところ、人事部長に公言したのだ。
『出切れば海外営業部への配属は辞退したい』と。
当時の人事部長・多賀野部長は一瞬、驚いた表情を浮かべると、すぐに元の様子に戻って私の顔を見つめた。そして静かに私に訊いた。理由を。
私にとっては、海外赴任の可能性が理由だった。だから本当なら、国内営業か事務部署への配属を希望していた。
多賀野部長も、英語もフランス語もそこそこ出来て、しかも、一応は海外生活の経験もある私から、まさかそんな理由が出るとは思ってもみなかっただろう。
何で『海外赴任』が理由だったのか。実を言うと、私も自分で良くわかっていなかった。……と言うか、今でもわからないままなのだ。
海外での生活に、それほどの不安があった訳ではない。ただ、漠然と、「日本にいなければ」と言う考えが頭の中にあって、それは今でも消えることがない。
私の言葉を黙って聞いていた多賀野部長は、静かに頷くとこう言った。
「……良くわかりました。出来る限り希望に添うようにはしたいと思いますが、あなたの能力を考えると事務系の部署は難しいかも知れない。せめて、近場のアジア部くらいまでは譲歩出来ませんか?」
部長の話し方に、ここが限界点であることは理解出来た。だから、国内が無理なら『アジア部限定』と言うことで面接を終えたのだ。
結局、私は部長の打診通り、アジア部に配属になった。これはもう、仕方ないことだったと思う。
よくよく考えれば、別に『日本にいなければならない』理由なんて何もない。なのに何故、私はこんなにも『日本にいること』に拘っているのだろう。
考えながら大部屋に戻り、再びパソコンにログインして仕事再開。年末はメールの処理だけでも、かなり大変。
それなのに片桐課長は、通常の仕事も忙しい上、R&S社のこともあって大変そうなのに、相変わらず週末は私を誘って来る。
課長が私にしてくれること。
私が課長に出来ること。
私は、ちゃんと出来ているんだろうか。
このまま問題が解決の方向に行けば、私は赴任することになるだろう。
今の段階で、課長に話しておいた方がいいのだろうか。
来るべき時が、選ばなければならない時が近いことを。
~社内事情〔24〕へ~
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