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社内事情〔45〕~秘密~
〔藤堂目線〕
*
━週明け。
早めに出社したぼくは、同じく早め出社の静希と共に、業者相手に根回しを開始した。
正確に言えば、既に昨夜からいくつか行なっている。
米州部や欧州部は時差の関係があるから、今日は夕方からが恐らくフル回転だろうが、国内などへの連絡はもう始まっているはずだ。
先週末、企画室の皆が対応を頑張ってくれたお陰で、現在進行中の企画に関わる業者との話は、ほぼほぼ元の状態にまで引き上げることが出来た。後は今後のための根回しを念入りにしておかなければならない。
「雪村さん。佐久間社長との話は……」
「明日の午前中に時間を戴いております」
佐久間社長と言うのは、式見と懇意の広告代理店の代表取締役だ。佐久間社長の息子である企画部長とは、実は過去に少々私的な関わりがあったりもする。しかし、取り引き先としては申し分のないところだ。
「ありがとう。ぼくは国外営業部に様子を見に行って来る。何かあったら連絡をくれる?」
佐久間社長とのアポ確認でひと段落ついたので、ぼくは静希に切り出した。本当は朝一で行きたかったのだが、そう言う訳もいかない。
「わかりました」
返事を受け、ぼくが扉の方に足を向けると、
「あ、主任!」
静希の声がぼくを呼び止めた。
「これを……片桐課長に渡して戴けますか?」
振り返ったぼくに、クリアファイルに挟んだ数枚の書類を差し出す。
「これは?」
「私が知り得る限りの、五年前からのロバート・コリンズの動きです」
ぼくは驚いて静希の顔を凝視してしまった。パラパラと目を通し、さらに驚きが増す。
「……一体、これをいつ……」
「土日しか時間がなかったので、あまり細かいところまでは追えなかったのですが……」
『細かいところ』どころではない。短時間でよくぞここまで、と言うレベルだ。
「……ありがとう。片桐課長が喜ぶよ」
ぼくの言葉に静かに微笑む。と、静希の目が、一瞬、物言いたげに揺れたかと思うと、少しモジモジしながら、
「……あの、主任……里伽子さん……今井さんの様子も……」
消え入りそうな声。
静希は今井さんを頼りにして慕っている。大したケガはしていないことを伝えてはあったが、内心では自分で様子を見に行きたいくらい心配なのだろう。
「わかってる。ちゃんと見て来るよ」
「……はい」
安心した表情を浮かべた静希に頷いて見せ、ぼくは企画室を出た。
営業部の大部屋へと向かう途中、別方向から片桐課長と今井さんが歩いて来る。ふたりが連れ立っているところなど社内では滅多に見ないので、一瞬驚いたが、すぐに先日の件で専務室に赴いていたのだと気づいた。
「片桐課長!おはようございます」
「おう、藤堂。おはよう」
「おはよう、藤堂くん」
ぼくに気づいたふたりが笑顔で挨拶を返してくれた。
「おはよう。今井さん、調子の方は?」
「全然、大丈夫よ」
いつもの今井さんと全く変わらない様子に安心する。
「良かった。雪村さんも心配してる」
「そっか。後で直接連絡しておくわ。ありがとう」
頷いて課長に視線を戻し、本題を切り出す。
「課長。少し宜しいですか?」
すぐに顔を引き締めた課長は頷き、
「よし。すぐ戻って営業部で話そう」
そう言って今井さんの方を見る。━と。
「すみません、課長。私は先に林部長に報告があるので、ここで……」
「……ああ、そうか。……そうだな。じゃあ、また後で」
「はい、失礼します。藤堂くんも、またね」
そう言って、今井さんは林部長の部屋へと向かい、課長とぼくは営業部の大部屋へ急ぎ足で戻った。
課長に静希が作成した資料を見せると、案の定、驚きの表情を見せる。
「……これを土日だけで作成してくれたのか……相当、頑張ってくれたんだな」
課長のそのひと言に、感謝と労いの気持ちが溢れていた。
「よし。今からこれを専務にお見せして、営業を含めて細かい対策を練りたいと思う。藤堂、一緒に来てくれ」
「はい!」
全てに目を通した課長と、専務室へと向かうところで、林部長への報告を終えたらしい今井さんと再びすれ違う。課長と今井さんが、目だけで力強く意思を伝え合っているのを感じながら。
専務にその資料を見せると、大橋先輩とふたりで目を通し、やはり感心した表情を浮かべた。次いで何とも言えないくらい嬉しそうな顔に。
「ん~……じゃあ、午後から主だった営業を集めてミーティングしよっかな。夕方は欧米チームは忙しくなるだろうから、さっさと決めて早めに切り上げるよ~」
専務の言葉に、大橋先輩がすぐさま動いた。各部署への通達をあっという間に終わらせる。
そこで、午後からのミーティングのために一旦解散となり、ぼくは企画室に戻った。静希に今井さんのことを伝えると安心した表情。ミーティングには、資料を作成した彼女にも同席してもらうことにする。
社の命運をかけた闘いの始まり。
この間にぼくは、片桐課長がぼくに隠して来た秘密、今まで流川麗華の話題をおくびにも出さなかった秘密を知ることになる。
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