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社内事情〔14〕~見えない心~

 
 
 
〔里伽子目線〕
 
 

 
 
 課長とわかれた後、部屋で服や荷物なんかをコマコマと片づけ、のんびりお風呂につかる。普段より高いヒールでの立ちっぱなしは、慣れていないだけにふくらはぎに来るのよね、うん。

 お茶を飲んだり少しゆっくりして、時計を見るとかなりいい時間。

 まだ課長が来る様子はなく、半分だけ灯りを残し、私はベッドにもぐり込んだ。

 いろいろと考えたいことがあったはずなのに、睡魔に勝てない私はすぐにウトウトしてしまっていたらしい。

 どのくらい経ったのか。フッと意識が半覚醒した。

 静かに扉が開く音。静かに近づいて来る課長の気配。

 課長は私の背中側に腰を下ろし、静かに息を吐き出した。疲れている様子が窺える。肉体的に、と言うよりは精神的に。

 声をかけるのが躊躇われ、私はそのままじっと息を潜める。

 しばらく何かを考え込んだ後、課長はそっとベッドに入り、背中ごしに私を腕の中に抱え込んで来た。

 その腕にそっと手を重ねながら、少し顔を課長の方に向ける。

 「……何かあったんですか?」

 「……すまない。これじゃあ、当然、起きちまうよな」

 本当にすまなそうに言った課長は、私の身体を自分の方へと向かせて抱きしめ、額から頬に唇を落としてから口づけて来た。

 ━と、言い知れぬ違和感。今まで一度も感じたことがないような。

 「…………っ!」

 口づけを深めて来る課長を思わず押しやる。

 かつてないくらいに驚き、呆然とした様子で私を見つめた課長は、直後、これもかつてないくらいに……ひどく傷ついた顔を見せた。

 呼吸が止まる。

 (……ダメだ……これじゃあダメだったんだ。でも……)

 課長のその顔を見て私は……言い表せないくらいの後悔の念に襲われた。

 だけど━。

 私もショックを受けていた。自分でも驚くくらいに。だって……。

 今、課長の目の中に私はいない。私を見ているのに。

 課長の心の中に……課長の中のどこにも、私はいない。それがわかってしまったから。

 課長と逢うようになってからのこの数ヶ月、私といる時にこんなことは一度もなかった。

 もちろん、お互いに仕事モードで話すことはあったけど……。

 でも、私を見ている時、課長はいつも私だけを見つめてくれていた。

 私に触れる時は、私のことだけを考えてくれていた。

 ━それなのに。

 泣きそうなくらい傷ついた顔の課長に、私は問いかけた。

 「……何を見ているんですか?……何を考えているんですか?……今、課長の中には何が……」

 「……え?」

 私の言葉に、再び驚いたような表情を浮かべた課長が呟くように聞き返して来る。

 私は自分も泣きそうな気持ちを堪え、さらに課長に訴えた。

 「……課長は私を見ていない。今、課長の目に私は映っていません。そして……課長の中のどこにも……私はいない……!」

 ……言ってしまった。課長が目を見開きながら息を飲んだのがわかる。

 いたたまれなくなった私は、とっさにその場から逃げようとした。

 ━けれど、課長の動きの方が早かった。後ろから私を抱きすくめる。

 「………………!」

 「……っ里伽子!……待ってくれ……!……すまなかった……!」

 逃げようともがく私を、課長が強引に自分の胸の中に引き戻した。

 「……里伽子……!頼む……待ってくれ……!そんなつもりじゃなかったんだ……!」

 課長の力に身動きが取れなくなった私。そんな私に、課長が必死の声を絞り出して訴える。

 「……話す……全て……」

 課長の声と腕が震えていた。私は思わず課長の方へと顔を向ける。

 「……聞いてくれるか……?」

 懇願するような課長の声。胸が締め付けられそうになる。

 どうしようもないくらい切なげに私を見つめて来る課長の目。

 今度は、その目の中に私の存在を認める。課長の中に、確かに存在する自分を。

 「……はい……」

 私の返事に、泣きそうな笑みを浮かべた課長は私の身体を抱え直し、一連の出来事を話し始めた。

 決して離すまいとするかのように、私をきつく抱いたまま。
 
 
 
 
 
~社内事情〔15〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 

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