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社内事情〔17〕~連携~
〔藤堂目線〕
*
伍堂財閥の定例会に、再び片桐課長が代理出席したと知ったぼくは、その後、課長から驚く話を聞かされた。
その話を受けて、ぼくは護堂副社長と面会出来るように、静希に橋渡しを頼んだ。
前回、専務に頼んだ時に、「次回、兄に何か用があったら直接連絡取ってくれていいから。そのために連絡先教えたんだし。ただし、重要事項の報告だけは頼むね」とは言われていたのだけど。
*
多忙な中、土曜日の午後で良ければ時間を取れる、との返事をもらい、恐らく休日であろうことを申し訳なく思いつつ、指定された場所━高層階にある個室の店━へと向かう。
入り口で名を告げると、
「お待ち申し上げておりました。護堂さまより、少しお待ちくださいとのご伝言でございます。どうぞ、こちらでございます」
とすぐに通された。個室でひとりになり、晴天の窓の外を眺める。夕陽が眩しい。
きっと、このままでは終わらないだろう、嵐の予感。ぼくには、入社してから課長の元にいた2年ほどのことしかわからない。だが、それ以前から尾を引いている問題があるようだ。当時から薄々感じてはいたけれど。
課長は、ぼくが知らない、想像もしていないようなことを経て来ているに違いない。決して、他人に見せることはない何かを。
少し経ってノックする音。振り返ると同時に静かに扉が開く。
「藤堂くん、待たせてごめんね」
「いえ、こちらこそ、お忙しいところ申し訳ありません」
優しく微笑んだ副社長は、ぼくに座るよう促し、自身も向かい側の席に落ち着いた。ほぼ同じタイミングでコーヒーが運ばれて来る。
「この間の定例会……また片桐くんにもお会いしたよ。藤堂くんもだけど、彼は本当に何をやってもサマになる男だね」
「自分はともかく……ぼくの口から言うのも何ですが、確かに片桐は万能要素が強いかと思います」
副社長の褒め言葉に恐縮しながらも、つい片桐課長を褒められると嬉しくなってしまう。
「ただ、本来はああ言った席が好きではないみたいだね、彼。場慣れはしているけど。……それにしても、うちの社にも片桐くんや藤堂くんが欲しかったよ。本当に。礼志が羨ましいな」
「……恐縮です」
穏やかに頷いた副社長は、だが、すぐに切り替えて真剣な表情になった。
「さて、本題に入ろうか」
「はい。実は今日はご提案……と言うか、ご相談があります」
「それは藤堂くんの個人的なこと、と言う意味?」
何故か、半ば身を乗り出すようにして訊いて来る副社長に、ぼくの方が少し引く。
「あ、いえ……あの、業務に関することです……」
「……そっか。……そうだよねぇ」
ぼくの返事に、副社長は乗り出した身体を戻し、何だか少し残念そうに小さく笑った。
「あ、あの……も、申し訳ありません……」
そのあまりにも残念そうな様子に、思わず謝らずにはいられなくなる。
「いやいや、ぼくの方こそごめんね。……で?」
「……はい。専務からお聞きかとは思いますが、R&S社の件です」
「うん。思っていた以上に深刻な問題になりそうだよね」
「はい。それで……この件、伍堂財閥、つまり副社長と、連携させて戴く訳には行かないでしょうか?」
ぼくの申し出に、副社長は驚いた顔をした。少し考える様子を見せ、慎重な様子で口を開く。
「それは礼志も同じ考え?」
「いえ、申し訳ありませんが、今の段階ではぼくの独断です。本来なら、専務と社長を通して、正式に申し入れるレベルの話であることは承知の上ですが……」
ぼくがそこまで言うと、副社長は小さく頷いた。
「そうなると、可否は別にしても大事になってしまう。だから、まずはこちら側の意向を確かめておきたかった、ってことだね?」
さすがに伍堂財閥の副社長たる人だ。この人は、この穏やかで優しげな雰囲気の中に、とてつもない鋭さも併せ持っている人なのだ、と思い知る。
「はい。仰る通りです」
副社長は頷くと、
「わかった。まず、社長に確認を取らせてもらう。そして了承を取れた時点で……」
そこで一旦言葉を区切り、ぼくが思いもかけなかったことを提案して来た。
「ぼくの方から、礼志に……専務にこの話を提案する、ってことでいいかな?」
「え……でも、それでは……」
「先にぼくに話しちゃったら、さすがに礼志相手にでも、藤堂くんだって言いにくいでしょ?」
穏やかに笑いながら、しかし見透かすように言う。
確かに専務だって、いくら報告すればいいとは言っていても、自分を通り越してこんな重要な話をされていたとあっては面白くはないだろう。いくら、あの専務でも。
それならば、副社長からの提案と言うことにしてもらえれば、余計な波風を立てないで済む可能性は高い。
「本当に宜しいのでしょうか……そこまで甘えてしまって……」
「ぼくにとっては、礼志も静希も大切な家族だからね。社長が賛同してくれることを祈っていて」
そう言って笑うと、ふと思い出したように時計を見た。
「……と、そろそろ行かなくちゃ。あんまり時間取れなくて悪いけど……」
「いえ、お忙しいところ、ありがとうございました」
ぼくの言葉に笑って頷き、こう付け加えた。
「あ、ごめん。あと少しだけ、ここにいてくれるかな?たぶん、もうすぐ来るから」
「は?来るって……一体……?」
その時、入り口の扉をノックする音。
「あ、来たみたいだ。……どうぞ」
静かに扉が開き、入って来たのは━。
「……し……雪村さん……!」
「え……あ……主任……!?」
顔を見合わせて驚いているぼくらを尻目に、副社長はニコニコ笑いながら、
「もうすぐ食事が運ばれて来るはずだから、二人でゆっくり食べて行って。あ、静希、今日は遅くなっても大丈夫だからね」
訳がわからず、慌ててオタオタしているぼくたちにそう言い残すと、副社長は手を振りながら出て行ってしまった。
取り残されたぼくたちは、呆然と顔を見合わせ、次いで可笑しさが込み上げて来て吹き出す。
直に運ばれて来た食事を、ぼくたちは冬の夜景を見下ろしながら戴くことにした。
これから起きる嵐の予感。
その前の、ほんの束の間の甘く優しい時間をぼくたちは過ごした。
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