終の棲処/弐〔朗〕〜かりやど番外編〜
この世の果てまで共にいきたかった
最期の先まで共にあるはずだった
そう願った人の魂は
仮宿を捨て去って
この胸に宿る
きみが眠るこの場所が
ぼくたちふたりの
終の棲処
*
何年経っても慣れることのない目覚め。
腕の中にいるはずのきみを確かめようとして、いないことに気づいて目覚める。
きみが隣にいない夜を、もう幾千越えたのだろう。
最後の朝、きみを起こそうと触れた頬の感触を、今でもはっきりと思い出せるのに。
『私の言ったこと全部、疑わないでね』
あの日、きみからの最後の言葉。
疑ったことなど一度もない。ぼくに対する気持ちだけは。
きみは平気で嘘をついたし、たくさんの隠し事もしたけれど、ぼくへの気持ちだけはいつも真実(ほんとう)で、隠したりもしなかった。
「……それでも、きみは本当にずるい人だ」
手で顔を覆い、思わず口をついて出る。涙など、とうの昔に涸れてしまったはずなのに、眉間の奥が熱くなる。
ずるくて、ずるくて、ずるくて、それでも抗えないほど愛しかった。
ぼくの全部を忘れたくないと言い、ぼくにも忘れないで欲しいと願う一方で、それと同じくらい、きみからぼくが解放されることを願っていた。
一生、忘れさせる気などなかったくせに。
ぼくがきみを忘れることなど、絶対にないと知っていたくせに。
それでも、きみの半分が望んだように、誰かと生きる道を模索しなかった訳じゃない。
寄せられた好意を受け止めようとしたこともある。
けれど、無理だった。
相手の全てを受け入れるどころか、好意を受け取ることさえ出来なかった。
だけど、それでいい。
端から、そうなるしかないことはわかっていたのだから。
ただ、わかっていながら、差し出された手を取ろうとする気配を、ほんのわずかでも見せてしまったことを申し訳なく思う。
だから、もう二度と、他の道を廻ってみよう、などと思わない。
もう二度と、決められた道以外を通ったりしない。
ぼくは、最後に抱きしめたきみのぬくもりだけを抱いて往く。
ぼくの名を呼んだきみの声だけを聞いて往く。
今さらだ。
今さら「つれて行け」などと。
とうにつれて行かれていたぼくが。
初めて逢ったあの日。
ぼくの心はとうにつれて行かれていた。きみに心ごと奪われていた。
緑の瞳の森の精、軽やかに飛び込んで来た美しい鳥に。
全てを明け渡したぼくの手の中に、最後に残るものはきみだけだ。きみだけでいい。
だから、あの時、己に誓ったように、二度ときみを離したりしない。二度ときみから離れたりしない。
例えば、相手が昇吾(しょうご)であっても、きみを渡したりしない。
それでも、きみが願うなら、ぼくは心を解き放って生きよう。
それでも、きみが望むから、ぼくはいつか魂ごときみの元に還ろう。
きみとの確かな出逢いが、ぼくの生きる意味。
きみとの確かな記憶が、ぼくをきみへと導くしるべとなる。
きみの魂とぬくもりが溶け込んだこの胸の中が、ぼくたちふたりの終の棲処。