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社内事情〔12〕~動き出した今~

 
 
 
〔大橋目線〕
 
 

 
 
 専務の勘違い(わざとなのかは不明)により、片桐と今井さんが慌てて軽井沢へと発った後。

 おれが夕方近く、打ち合わせのため専務室へ赴くと、片桐からもたらされた聞き捨てならない情報。R&Sの社長であるはずのリチャードソン氏の消息がうやむやだと言う。

 その話を受け、おれは専務と相談し、伍堂財閥の動きによっては、誰か専任をつけてR&Sを追わせた方がいいのではないか、との結論を出した。とにかく、夜、護堂副社長から連絡が入り次第、進行方向を決めることにする。

 そして、その夜だ。

 帰宅し、食事を終えたおれが、書斎で来週のスケジュールを確認している時、ふいに携帯電話が鳴った。当然、専務かと思って画面を確認したおれは、表示された名前を思わず二度見する。

 「大橋です」

 『大橋先輩。藤堂です。夜分に申し訳ありません』

 珍しいこともあるものだ。藤堂くんから直接連絡が来るとは。

 「いえ、大丈夫ですよ。珍しいな、とは思いましたが……何かありましたか?」

 『実は先輩にお願いがあります』

 それはますます珍しい。彼が言ってくるくらいだから、重要なことに違いない。一体、何が?

 「何でしょう?私に出来ることでしたら、もちろん協力しますよ」

 『ありがとうございます。あの、出来るだけ早く専務とお会い出来る時間を戴きたくて……出来れば片桐課長も一緒に』

 「専務と?わざわざ私に言わなくても、室長を通すか直接の方が早かったのでは?」

 おれの言葉に、藤堂くんが苦笑いしたような気配を感じる。

 『専務はご自分の都合で了承はしてくださるでしょうけど、おひとりの時は、あまりスケジュールを確認した上でのお返事を戴けないものですから……』

 なるほど。企画で専務と関わっているだけのことはある。口約束的なものではなく、確実なアポを取りたいと言う訳か。

 「わかりました。ちょうど今、スケジュールの確認をしていたところなので、少し待ってください」

 一旦、保留にし、直近の空き時間を確認すると、ちょうど週明けの朝一の予定を動かせそうだった。

 「藤堂くん?お待たせしました。月曜日の朝一なら空けられそうです。ちょうど片桐課長も打ち合わせに来るでしょう」

 『ありがとうございます!その時に、お二人に見て戴きたい資料があります。雪村さんが作成したものですが……詳細はその時に』

 これは何かを掴んだらしい、とわかる。

 「わかりました。それでは月曜日に」

 『はい。失礼します』

 藤堂くんとの電話を切り、スケジュールを少し動かす。その上で専務に電話をしようとした、正にその時。再びおれの携帯電話が鳴った。

 「大橋です」

 案の定、今度こそ専務だった。専務の話によれば、リチャードソン氏の消息は伍堂財閥の方でも追ってくれると言う。それなら、こちらとしては少し動きが楽になる。

 「それと、専務」

 先ほどの藤堂くんからの申し出の件を報告。さすがの専務も驚いているらしいのがわかった。

 専務との電話を終え、スケジュールの再確認をしながら、脳内で一連の流れを整理する。

 一体、元々の発端はどこにあるのだろう?10年前?それとも5年前?

 片桐に纏わるものが始まりだとして、片桐自身には何の責任もないあれらのことが、何故、今になって彼を苦しめる。

 いや、片桐は今でまだってずっと背負って来たじゃないか。それなのに、片桐がようやく過去との折り合いをつけようとしている兆しが見え始めた今になって━。

 4年半前、片桐が藤堂くんを米州部の営業から外して欲しい、と言って来た時。あの時に、何としてでも決着をつけてしまうべきだったに違いない。

 おれはあの時、藤堂くんの異動云々よりも前に、片桐の主張する遣り方に賛成だった。にも関わらず、片桐と一緒に社長や専務を押し切れなかった責任は重い。

 そして、社長や専務も後悔している。あの時、片桐の主張を肯定しなかったことを。

 だが、何を言っても、今さら、だ。今後のことを考えるしかない。おれは余計なことを振り落とすように頭を振った。

 「征悟くん」

 軽いノックに続いて扉が開き、家内の声がおれの意識を引っ張る。

 「あ、ゴメンなさい。電話中でした?」

 「いや、専務との電話が終わったところ。何かあったか?」

 頷きながら、家内━涼子(りょうこ)━は上目遣いで、悪戯を企む子どものように笑った。

 「さっき話すの忘れてたんですけど、今日ね……買い物に行った時、珍しい人を見かけたんです。誰だと思います?」

 「珍しい人?……誰だろう?」

 涼子はますます得意気な顔でおれを見上げ、次いで、今のおれたちにとっては話題の中心の一端、とも言える名を口にした。

 「昔、経理にいた寄木先輩。声をかける間はなかったんですけど、間違いなく先輩でした」

 「……それは、どこで……」

 おれが話題に食いついたことに気を良くしたのか、涼子はご機嫌な表情を浮かべる。

 「たぶん、空港に向かっていたんじゃないかな~と。男性とご一緒でしたから、ご主人かしら?」

 空港?また海外へ発つのか?それとも見送り?

 一体、おれたちの周りで何が起きているんだ?

 疑問は増すばかりで、結局、ひとつも謎は解けないまま夜は更けて行った。
 
 
 
 
 
~社内事情〔13〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 

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