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社内事情〔35〕~蠢き~
〔藤堂目線〕
*
片桐課長が飛び出して行ってすぐ、ぼくは大橋先輩に内線を入れた。
もしかしたら、専務と一緒に出てしまったかも知れないと思ったが、幸いなことに、専務はひとりで社長のところに行かれたようで、大橋先輩は秘書室に残っていた。
……それにしても情けない。
突発的な課長の言葉に反応すら出来なかったなんて。代わりに返事をしてくれた根本先輩が、我に返ったぼくに穏やかに微笑み、次いで強い視線で訊ねる。
「……大橋先輩の方は任せていいね?ぼくは通報するかどうか、部長と相談してから課長の後を追う」
「……はい。動転して申し訳ありません。ぼくも報告が済み次第、課長を追いかけます」
ぼくの返事に頷き、根本先輩は矢島部長のところへ走って行った。
大橋先輩に内線を入れ、すぐに秘書室へ向かう。
「藤堂くん!誰かのGPSが動いたそうですね!?」
大橋先輩は開口一番、訊ねて来た。
「はい、あの……」
「今、矢島部長からも内線が入って、一応、通報することにしました。何かあってからでは遅いですから」
大橋先輩はそう言うと、ぼくを促して玄関の方に足を向けた。
「専務に連絡をしたら、すぐに社長と一緒に社に戻ると仰っていました。だから、私には片桐課長を追いかけるように、とのことでした」
「同行させてください」
ぼくの言葉に頷いた先輩は脚を速めた。
「根本先輩も、矢島部長に報告したら片桐課長を追いかける、と言っていました」
急ぎ足の大橋先輩に付きながら、ぼくは内心では『誰のGPSが作動したか』を訊かれなかったことをホッとしていた。
さっきの片桐課長。
あの様子から、作動したGPSは今井さんのものだと想像出来たからだ。今井さんでもなければ、課長があのまま現場に飛び出して行く、などと言うことはないと思うから。
などと考えながら走っていると、ポケットに入れた携帯電話が振動した。取り出してみると、静希の社用電話のナンバー。彼女も今井さんと同じで、普段でも、何もないのに電話をかけて来るようなことはないタイプだ。
「藤堂です」
『主任、申し訳ありません……』
「いや、何かあった?」
大橋先輩は急ぎ足を緩め、話をしているぼくに意識を傾けている。きっと何事か起きたのを察知してくれたのだろう。
静希からの、要点を纏めた手早い説明を受け、ぼくは大橋先輩に視線を巡らせた。
「……どうかしましたか?」
「大橋先輩、申し訳ありません。ぼくは社に戻らなければなりません」
ぼくの口調からただならぬ気配が漂っていたのだろう。先輩は一も二もなく頷く。
「私はこのまま現場に向かいます。藤堂くん、後は頼みます」
「はい……!」
ぼくは大橋先輩と別れ、急いで社に取って返した。
静希からの報告だと、現在稼働している海外向けの企画に関する問い合わせが殺到していると言う。しかも悪いことに関して。
そして、もう一点。今、企画中の案件で手配している発注先が何社か、仮契約を撤廃したいと言って来たらしいのだ。
これは間違いなくR&Sが絡んでいると考えていいだろう。
正直を言えば、片桐課長と今井さんのことが気にならない訳ではない。いや、むしろ課長の元に駆け付けたいと言う方が本音だった。
だが、今のぼくは、永田室長に次ぐ企画室の責任者なのだ。どう考えても、こちらが優先なのは明らかだった。
社屋に駆け込み、企画室へと急ぐ。
扉を開けると、静希を始め野島くんたちが電話対応に追われていた。最初に通話を終えた静希が、ぼくに気づいてホッとしたように立ち上がる。
「状況は?」
「ようやく、一通りの対応が……何とかひと段落した、と言うところでしょうか。永田室長も先ほどまでてんてこ舞いだったようで、やっと専務に報告に行かれたところです」
ぼくは頷いた。
「社長と専務はもう到着されているんだね?」
「はい。そのようです」
「ぼくも専務のところに行って来る。対応が難しいことがあったら連絡してくれるかな?」
静希が頷いたのを確認し、ぼくは専務室へ向かった。
片桐課長たちはどうしただろうか。気になって仕方ないが、一先ずこちらの確認と対応を済ませてしまわなければならない。
専務室の扉をノックすると、「はいは~い」といつもと変わらぬ専務の声。専務のこの様子に、どれだけ救われているかを思い知る。
入室すると、社長と専務、そして永田室長と矢島部長が揃っていた。
「藤堂くん、行ったり来たりさせてすまなかったね」
室長の言葉に恐縮する。室長には何の責任もないのだから。
「片桐くんの方は大丈夫だと思うんだけど……ぼくが社の周囲に警戒をお願いした矢先にこれだもんなぁ~」
専務がボヤく。
「……何か策を講じたのか?」
社長が専務に訊ねると、専務はまたいつもの調子で答えた。
「はい。基本的に警察はコトが起こらないと動いてくれません。……と言うか、動けない。まして、社の周囲に不審と思われる車が停まっていたとか、一度や二度電話がかかって来たくらいじゃあねぇ。なので、ぼくが個人的に依頼しました。まあ、ちょっとズルと言えなくもありませんが……」
一旦、言葉を切った専務の目が、普段とは明らかに違う色を帯びたのが見て取れる。
「……コトが起きてからでは困ります」
その言葉に社長も頷いた。
「五年前の過ちを繰り返してはならない。皆、頼んだぞ」
社長の低い声に、その場にいた全員の心と身体はこれ以上ないくらいに引き締まった。
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