〘お題de神話〙Sub Rosa
── Sub Rosa ──
“Under the Rose”
古代ローマの慣習に基づくこの言葉は、転じて『秘密に』『内緒に』を意味する。
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「“Sub Rosa”ってどんな意味です?」
男はカウンターの中でグラスを磨くバーテンダーに訊ねた。
「 “Under the Rose”をラテン語で言うと“Sub Rosa”になります」
「薔薇の下で?」
「そうです」
言われてみれば、店の天井からは薔薇の花が吊るされている。
「秘密とか内緒って意味でしたっけ?」
「はい。古代ローマでは、薔薇が吊るされた室内で話された事は秘密にする慣習があったそうです」
「それがこの店が密談に向いてるって言われる所以か」
「いえいえ、お客様の会話に対する守秘義務は当店に限った事ではありませんよ。確かに、お客様同士にも暗黙の了解を戴いてはおりますが」
「そこそこ。大事なのは」
男は危険な笑みを浮かべたが、すぐに人懐こそうな笑顔の陰に隠した。
「でも、どうして薔薇なんだろうね」
「諸説ありますが、有力なのは神話に由来するようです」
愛の神エロスが母親である女神アフロディーテの情事を隠すため、沈黙の神ハルポクラテスに薔薇を贈った事に由来する説。
軍神アレスとの情事をエロスに知られたアフロディーテが、夫のヘーパイトスに秘密が漏れないようにしてもらった礼として、ハルポクラテスに贈ったのが赤い薔薇だったとする説。
「ハルポクラテスはエジプト神話の太陽神ホルスです。指をくわえている子どもの姿のホルス像があるのですが、『内緒』の仕草に見える事から転じたのだとか」
「へぇ~詳しいね」
「店名に纏わる事ですから」
バーテンダーが微笑んだ時、誰かが男を挟むように立った。
「油断したな。危険な密談をした店に来るとは」
「……!」
「仲間も店の前で確保した。証拠もな」
男はバーテンダーを睨んだ。
「密告したのか!?」
「私はお客様の事を他の方に漏らしたりはしません」
背後から忍び笑いの気配がする。
「その通り。この人は我々にあんたの事を一言も喋っちゃいない。あんたにも我々の事を言わなかっただけだ。あの日、我々もここにいたんだよ」
「未然には防げなかったが、今は完全な容疑者だ。詳しくは署の方で聞こうか」
「くそっ……!」
店内に静けさが戻ると、バーテンダーが誰にともなく呟く。
「神話でも、後ろめたい事は結局露見してしまうんですよ」
沈黙の神ハルポクラテスが静かに笑った。
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