社内事情〔57〕~交渉~
〔里伽子目線〕
*
静希とふたり閉じ込められた室内で、メンドクサガリの私の脳は珍しくフル回転していた。
停滞したこの事態を動かすべく、何をするべきか……考えた結果、私の脳に浮かんだ事はひとつだけ。即ち━━。
『営業心得第三条━━飛び込むべし』
まあ、私が勝手に決めた心得だけど。
「……静希……」
私の呼びかけに、俯いて座っていた静希が顔を上げた。内心、困り果てているんだろうけど、彼女も大概ポーカーフェイスだ。今はそれこそ望むとこだけど。
「……お願いがあるんだけど」
「……はい?」
不思議そうな顔をする。いや、ほとんど表情は変わってないんだけどね。
「……今度、私が流川麗華と話す時には……」
「……はい……」
「私が何を言い出そうと、口を出さないで欲しいの」
かなり失礼な事を言ってるよね、私。
「……あの……」
さすがに困惑した返事。そりゃ、そうだ。
「私、たぶん静希が驚くような事を言うと思う。でも、決して口を出さないで欲しい」
私の目を見つめながら、静希は頭の中で思案しているようだった。
「……何か考えがあるんですね?」
「計算通りにうまく行くかはわからないけど、この事態を長引かせる訳には行かない。何とか動かさなくちゃ……」
「わかりました」
自信なさげな私の返答に、だけど静希は即答した。信頼されてると思っていいのかしら、うん。
私に『交渉』で勝機はあるだろうか。かつて、片桐課長と『名コンビ』と言われた凄腕の営業相手に。だけど、私も負ける訳には行かない。営業の端くれとして、式見の一員として、やれる事はやらなくちゃ。
そう考えていた時、入り口の錠を開ける音が聞こえた。ふたりで立ち上がって身構えると、相変わらず顎を反らしたような流川麗華が手下を従えて入って来る。
(……何か、こんな女ボスが子どもの頃のアニメに出ていたような……)
……なんて不謹慎な事を考える自分を戒めつつ、静希の斜め前に立った。流川麗華は静希より背が高い。つまり私じゃ、身長差で物理的に上から目線になれないところが腹立たしい。
「片桐たちはまだ動く様子がないわね。よほどあなたたちが大事で慎重になってるのか……それとも策を講じれずに、単に手を拱(こまね)いているのかしら」
ホント、カチンと来る言い方がうまいわ。……って、褒めてないわよ!
「……片桐が動くのを待っているんですか?ならば、このままじゃ動く訳がないですね」
鼻に付くように言えたかしら?言えてるはずだけど……普段通りに言えば。
「……ほう?」
あ、成功してるみたい。流川麗華の目付きが変わったわ。
「その理由を聞こうじゃない?」
……どんだけ上から目線なの?いや、私が言うな、って話か。
「だって、あなたが言ったんじゃないですか……片桐が私にぞっこんだ、って」
「……それが?」
窺うような目が吊り上がり始めた。ちょっと怖い……負けるな、私。
「……That's all……」
得意の上目遣いでひと言、呟く。
『みなまで言わずともわかるでしょ?……あなたほど自信のある女なら。挑戦してやってんのよ?敢えて、のって来たらどう?』
……そう、嫌みを込めて。
案の定、彼女の背後には怒りのオーラが立ち昇ったように見えた。……問答無用で殺されたりして。
「……そう……良くわかったわ。後悔しない事ね」
「……後悔?……何のです?」
トボけて訊ねると、また怖い笑顔。この時ばかりは無表情で無愛想な自分に感謝したわ。
「……ひとりになって……ね……」
(……のった!)
私は心の中で叫んだ。
私たちを上から見下ろすように踵を返し、再び流川麗華は出て行った。扉の施錠音を聞くとホッと息が洩れ、約束通り口を出さないでいてくれた静希を振り返る。━━と。
(……口を出さなかったんじゃなくて、出せなかったのね……)
そこには、茫然としていると言うのか、まあ呆気に取られた顔の静希が突っ立っていた。
「驚かせた?一応、第一段階はクリア出来たみたい。黙っててくれてありがとう」
とりあえず声をかけてみると、ゆっくりと私の方に視線を向ける。
「……里伽子さん、今の話じゃあ……」
「……ん?」
少し狼狽気味の静希に、何事もなかったように訊き返す。
「……今の展開じゃ……何だか……あの……」
まあ、そりゃあ、この後どうなるのかくらいわかる会話……だったわよね、たぶん。
「……そ。計算通り、と言うか、挑発にのってくれたわ。さすがにプライドの塊だけの事はあるわね」
「笑い事じゃありません!だって……このままじゃ里伽子さんひとりだけ……」
取り乱してる姿の方が珍しくて私を驚かせる。こんな声、静希でも出すのね。
「それでいいのよ。じゃないと事態が少しも動かない。その前にふたりが潰れちゃうわ」
「……でも……!」
「……コトがうまく運んだら、静希にはもうひとつお願いがあるのよ」
食い下がろうとする静希を制し、私は本題の第二段を切り出した。
「……え……?」
さっきよりも更に不思議そうな顔。私は静希に笑いかけた。きっと、えらく不敵な顔になっていたと思う。
「……伝言を頼みたいの」
「……え……」
少しくらい長い伝言でも、静希なら一言一句記憶し、間違いなく伝えてくれるだろう、と確信している。
私は彼女の傍に寄り、伝えて欲しい言葉を耳打ちした。
~社内事情〔58〕へ~
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