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かりやど〔序〕

 
 
 
『 も う も ど れ な い 』
 
 

 
 
このぬくもりではない
もとめるものは
 
 

 今夜もひとり、絶望の淵に沈む。

 憐れな顔。
 必死な顔。
 懇願する顔。

 そんな風に目まぐるしく変わる顔を見下ろしながら、その淵へと送り込むのは──。

(最期くらい、満面の笑みを見せてあげなくては)

 中性的でいて美しい顔に、女は艶やかでいて夢見るように浮遊感のある微笑みを浮かべた。
 だが、善も悪も映さないその目──。
 そのどちらにも揺れない目には、目の前で息絶えていく存在を映してすら、感情の色が宿ることはなかった。

 薄明るくなった室内。薄衣の肌掛けの中で寝返る。
 肌に直に触れる、やわらかい衣の感触。それと同時に感じる人肌のぬくもり。

 女がうっすらと目を開けると、
「……直に夜が明けます」
 枕に上半身をもたせた男が言った。その身体の上に半ば身を預けた女が、男の唇に触れようと顔を近づける。
「……だから?」
 挑戦的な口調で答えながら、女は男にそれ以上口を開かせる間も与えなかった。

 美しいが、やや中性的な顔立ち。白い肌。濃い瞳の色。
 短めの髪の毛が男の顔にこぼれ落ちる。男がその髪の毛を掬い上げながら顔を離した。
「翠(すい)……時間に間に合わなくなります。今日は……」
「……だから?」
 『翠』と呼ばれた女が不機嫌そうに答える。
 ため息をついた男は、髪に触れていた手を離すと、女の腰を引き寄せた。

「……昨夜も呼んでいましたよ」
 男の言葉に、
「……何を?」
 興味がない、と言う風な女。
 その様子に諦めたのか、女を追い上げながら男は呟いた。
「……彼を……」
 
 
 
 
 

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