魔都に烟る~part11~
夢か、現実か。
夢ならば間違いなく悪夢━の中で身悶える。
現実であるならば、死んだ方がマシかも知れない。
*
ローズが目を覚ますと、その目に映るのは見覚えのある天蓋。
「……ここ……私……?」
訳がわからず、混乱している記憶を手繰る。最後の記憶は?
(……確か……アレンを追いかけていて見失って……それから……それから……?)
何者かに背後を取られ、その姿を確認すら出来ずに記憶が途切れている。一体、自分に何が起きたのか……考えても考えても、答えは出て来ない。
気だるさの残る身体を返し、起き上がろうとした時━。
「何故、あの場所から動いたんですか?」
不意に耳に飛び込んで来た声。恐ろしいほどに感情のこもっていないその声に、ローズは心臓を掴まれたような気持ちで声の主を見遣る。
腕を組み、窓枠に寄り掛かっている声の主。黒い前髪と同化したような漆黒の瞳が、まるで射抜くかのようにローズに向けられていた。
「何故、動いた?」
黙ったままのローズに、再度、向けられたその言葉。
元々、敬意は感じられなかったとは言え、丁寧ではあった言葉遣いが消え、冷たい威圧の響きだけがこもる。
「……あ……あの……アレンを追いかけて……」
無意識のうちに声が震えていた。初めて会った時とは比べ物にならないくらいの恐怖感が、身体の奥底から湧き上がって来るのを感じる。
「……アレンを追いかけて……ね。あれほど、言ったはずだが……動くな、と……」
「……でも……」
何とか理由を説明しようとしたものの、再び向けられた視線の刃に、ローズは息と共に次の言葉を飲み込まざるを得なかった。
「……きみは、自分がどんな状況に置かれていたかわかっているか?」
「……え……」
質問の意味がわからず、答えに詰まる。
「おれがきみを見つけた時、どんな状況だったか、だ」
わかるはずもなかった。ローズには、アレンを見失った後の記憶は一切ない。
「……私……?」
しかし、レイの言い方に辛辣な含みを感じ、嫌な予感に震えが増す。
「……自分の身体を見てみればいい」
冷たく響くその言葉に、恐る恐る身体を起こす。
「………………!」
ローズは目を見開いて息を飲んだ。至るところに残る、不可思議な模様とも文字ともつかない何か。そして手首に残る痣。
「……これは……」
驚愕に震えが止まらない。
「魔の呼吸(いき)を吹きかけられたな。あと一歩遅ければ、その身は完全に……」
レイは言葉をフェードアウトさせた。しかし、聞かずとも、ローズにはその言葉の続きが予想出来た。
「……最初に言っておいたはずだ」
自分の身体につけられた跡を、震えながら見つめるローズの耳を、凍り付きそうな声音が突き刺す。
「もし、面倒な行動を起こすようなら……」
寄りかかっていた身体を起こしながら言うレイの言葉に、ローズの全身が総毛立った。
「死ぬほどの屈辱を味わってもらう、と……」
一歩踏み出し、少しずつ近づいて来るレイ。逃れようと、ローズが必死に後ずさろうとするも、あまりの恐怖に指先すら動かせない。
「……や……」
目の前に男が立ちはだかり、ローズの視界に影を落とす。
唇を、全身を、恐怖に震わせるローズを、冷ややかに見下ろす男の目。
━その目。
「………………!」
ローズの瞳は、再び驚愕に見開かれた。
漆黒を映す右目。そして━。
月を映したような金色の左目が妖しく光った。
その目が、見えない力でローズの身体を縛りつける。
(……見間違いじゃなかった……!)
呼吸も、そして瞬きすら忘れてレイの目を凝視したローズは、声を発することも出来ぬまま、再び、一瞬で闇に飲み込まれた。