ラストノートが消えるまで
最後の匂いを
あなたにあげる
*
香水に、それほど詳しいわけじゃない。
せいぜい、トップノート、ミドルノート、ラストノートと変化することを知ってるくらいだ。
トップノートは、香水をつけて20分程度。
ミドルノートはトップノートの後、2時間程度。
ラストノートは、さらにその後、半日程度。
ものによっては、24時間以上香るものもあるらしいから、つけた人間の持つ匂いと混ざり合い、『その人』の香りへと変化する。
わたしの香りが好きだと、いつも彼は言う。
特に夕方から夜、そして、朝を迎えるまでの香りが好きらしい。
仕事帰りの彼は、いつも逢った途端に「いい香りだ」と顔を寄せて来る。
朝から一緒にいる休日には、「いつもと少し違うね」とは言うけれど、それはそれで悪くない、という顔をする。
でも、わかるの。
夕方が近づくにつれ、わたしの香りに引き寄せられて来るのが。
きっと彼は、『ラストノート』が好きなんだろう。
だから、ね。
あなたにわたしのラストノートをあげる。
どう? これが、あなたにとって、わたしの最後の『匂い』──あなたにとってのラストノートよ。
あなたが「いい香り」と言っていたのは、わたしから立ち昇った薔薇の匂い。『香り』じゃなくて『匂い』なの。
わたしは、あなたと初めて逢った時から、香水なんてつけてなかったの。
最後まで気づかなかったわね、あなた。
わたしの体内に入ったオトコの血──それが身体中をめぐり、わたしの血と完全に混じり合い、ひとつになる。
その時、初めて、あなたが好きだと言った香りが生まれるの。
わたし自身の匂いが──。
終ることのない薔薇の芳香は、夜の闇が近づくにつれて濃密になるから、あなたはわたしの香水の『ラストノート』が好きだと思い込んでいただけ。
でもね。あなた、わたしをとても愛してくれたから。
わたしもあなたのこと、とても好きだったから。
ラストノートがわからなくなるまで、傍にいてあげる。
今、あなたから流れ出してる血が、次のわたしの『匂い』になるまで。
もう少しだけ、こうしていてあげるわ。