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魔都に烟る~part13~

 
 
 
 食事の間、ローズはひっきりなしにレイの様子を窺っていた。

 いつもと変わらぬ澄ました顔が癇に障るものの、その変わらなさに救われているところもあることに気づく。それはそれで複雑な気分ではあるが。

 しかし食事を終える間際、それは突然訪れた。

 「ローズ。後で私の部屋へ来てください」

 力を失った手から滑り落ちたスプーンが、わずかに残っていたスープと引き換えに飛沫を上げる。

 瞬きも出来ずにその光景を眺めながら、ローズは震える唇から必死に声を絞り出そうと試みた。

 「……わ……かったわ……」

 やっとのことで発したのであろうローズの返事を聞くと、レイは微かに頷いて席を立った。

 静かに横を通り過ぎて行く気配を感じながらも、ローズはまだ目線も動かせないまま、ただ茫然としていた。

 レイの部屋の扉の前。ローズは手をノックの形にしたまま立ち尽くしていた。躊躇う気持ちを代弁するかのように手が動かない。

 レイの部屋に入るのは決して初めてではなかった。だが、昨日の今日である。

 目を強く瞑り、呼吸を飲み込んだローズは、意を決して扉を叩いた。

 「どうぞ」

 ただの返事の声にさえ、緊張する自分がおかしくて苦笑いになる。静かに扉を開けると、窓の外を眺めていたレイがゆっくりと振り返った。

 「……何の用かしら?」

 必死に虚勢を張っていることが、自分でもありありとわかってしまう声。

 しかし肝心のレイの方は、そんなローズの内心などお構いなしの変わらぬ体で、口元には意地の悪そうな微かな笑み。

 「……今日はいろいろと……きみとちゃんと話をしておいた方がいい、と思いまして……」

 小さく頷くような仕草で、レイは曖昧な言葉を放った。

 「……いろいろ……?……何……?」

 引き気味に問うローズに、

 「……もう少しはっきりしてから、と思っていたのが徒になりました。今後のことを考えても、確認しておいた方がいいでしょう」

 真っ直ぐにローズの目を見据えて返す。

 だが、その目から一切の感情は読み取れなかった。怒りも、そして、冷たさすらも。あまりの感情の静かさに、鳥肌が立ちそうになる。

 「……ローズ、こちらへ」

 そんなローズの様子など意に介さず、レイは変わらぬ調子で奥の扉の方へと促した。

 その扉の奥へは、ローズも未だ足を踏み入れたことはない。未開の場所、と言うより、むしろローズにとっては『開かずの間』のイメージだった。

 息を飲み込み、扉を支えながら立っているレイの脇をすり抜ける。

 何か恐ろしいものであるかのようなイメージを抱いていたその部屋は、入ってみれば特に何の変哲もない部屋に見えた。

 強いて言うなら書斎に近い。棚と言う棚は膨大な本で埋め尽くされ、一角にあるガラス扉の棚だけが、小瓶や箱、何か不思議な容器やらの保管場所になっているようである。

 だが、徐にグルリと見回したローズはあることに気づいた。

 部屋の四隅に不思議な貼り紙。そして、あちらこちらにも何やら貼り付けてある。

 そして何より、一歩、足を踏み入れた時から微妙に感じる、波動、とでも言うのであろうか。不思議な振動のようなものを感じる。

 訝しげなローズの表情に気づいたのであろうか。ガラス扉の中から、不思議な形の小さな壺らしきものを取り出したレイは、ローズの方へとそれを差し出した。

 (……!この匂いは……!)

 その壺のような容器からは、つい先ほどレイから漂って来た香りが。そして、それは紛れもなく、真犯人と出くわした夜の。

 「東洋の香と言うものです。液体ではなく、煙で香りをつけるものですが、この香りには強力な魔除けの力があります」

 ローズの心を読んだかのように、レイの方から説明して来た。その言葉に、ローズは無言でレイの顔を見返す。

 「ローズ。きみは自分の持つ力の根源が何か、わかっていますか?」

 「……根源?私の力の?」

 「そうです。きみの持つ、その普通の人間では持ち得ない力の理由です」

 ローズは困惑した。自分の素性はともかく、力の出所のことまで言われるとは想定していなかった。

 「……何が言いたいの?」

 怒りか、怖れか、声が震える。

 「言葉のままですよ。きみの力が、何故、存在するのか」

 「私が人ではないとでも言いたいの!?」

 怒りが怖れを凌駕したのか、思わず大声になったローズを一瞥し、レイは少し睫毛を下げて変わらぬ口調で答えた。

 「そんなことは言っていません」

 その言い方が、却ってローズの気持ちを逆なでする。

 「私は、人よ!」

 さらに興奮気味に言い放ち、肩で息をしながらレイの顔を睨み上げた。

 「その通りです。あなたは紛れもなく、純粋な人間です。その力は人外のもの、ではない」

 「……ならば、一体、何が言いたいの……?」

 「きみの力を強めているものに気づいているか、と言うことです」

 「………………?」

 その表情から疑問を読み取ったのであろう。ローズに向かって静かに手を伸ばしたレイは、身構えて硬直するその首筋にスルリと手を添わせた。

 「きみの力を強めているのは……恐らくはご両親がきみの身を案じて施したのでしょう……強力な『護符』です」

 「……護符……?」

 「そう。きみの力は、きみの身が危険な時に強く現れる。まずは、その瞳に。だからこそ、奴はきみの瞳を閉ざすために、まず気絶させたのです」

 俄かには信じがたい。自分さえ知らなかったことを、まるで見て、聞いて来たかのように語る男の顔を見据える。

 「そして、最大の護符はきみの名前。しかし自分のことを“ローズ”と呼ぶように言った時……きみがその意味に気づいていないことがわかりました」

 その手に触れられた首筋が、しだいに熱を帯びたように熱くなるのがわかる。

 「さらに、きみのその身体に施された護符の効力を、弱体化させた者がいます」

 その言葉に、ローズはハッとしたように身体を震わせ、「……やめて……」消え入るような声を絞り出した。

 「きみもその相手を知っているはずです」

 「……やめて……!」

 しかしレイは、狼狽えたローズにお構いなしの視線を向ける。

 「きみの力を弱めるために、きみの身体を奪った男……即ち、真犯人、です」

 「やめて!」

 目を見開き叫んだローズは、レイを見上げ、そのまま瞬きすらせずに立ち尽くした。そして、気づいてしまった。

 ━本当だったのだ。最初に言っていた通り、この男は自分の全てを『視た』のだ、と。
 
 
 
 
 
 

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