魔都に烟る~part20~
「……レイのお母様と言うのは……」
ローズの問い掛けに、レイは半分伏せた睫毛をそのままに言葉を探していた。
「……私の産みの母こそ、“禁断の血”を持つ人間として最高峰、と言ってもいいでしょう」
「……え……?」
レイの答えは、ローズの予想とは違っていた。
「母は東洋の、ある集団……まあアシュリー家やゴドー家のように裏を支える組織ですが、その中でも謎に満ちた二大勢力、の力を双方とも受け継いでいる稀なる存在でした」
確かにレイの持つ力のことを考えれば、母親がそれだけの人物であることは想像に難くない。
「レイが持っている、ゴドー家以外の力、と言うのは、そのお母様から受け継いだものなの?」
「そうです。そして、母から受け継いだ、と言うだけではなく、引き継いだ力も私にはあります」
「受け継いだ力と引き継いだ力は別のものなの?」
「……別物です」
ローズは混乱した。「受け継いだ力」と「引き継いだ力」が別と言うことは。その言葉が意味するところは。
「……遺伝によって受け継いだ力と……」
固唾を飲み、レイの次の言葉を待つ。
「……母がその力を放棄することによって、私に引き継がれた力、があるのです」
やはり、とローズは思った。言葉の含みからはそうとしか考えられなかった。そして、その言葉が本当に意味するところは……。
「……つまり、母の命と引き換えに、私に宿った力、と言うことです」
予感は当たっていた。
レイの母親は既にこの世にはいないのだ。
「……あの……お母様の禁断の血と言うのは……」
必死で話を逸らそうとした質問が、まさか一番核心である扉を抉じ開ける元であるなどと、この時のローズは考えていなった。
レイはローズの目を一瞥した。
「先ほど話したように、東洋のある二つの組織は、互いに不可侵であり、しかし双方が重要で必要な存在でもあります。その国を陰で支える二柱(ふたはしら)として均衡を保っている。その均衡は決して崩れてはならないものなのです」
ローズは黙って頷いた。
「片方は女人禁制の組織であり、もう片方はどちらも禁制ではありませんが、その力を持つ最高の人物は巫女と呼ばれる女性なのです。双方とも異性との関わりを禁じられている、と言う点では近いものがあるのですが、母はその最高位にいる巫女でした」
矛盾している、とローズは思う。異性との関わりを禁じられた巫女であったと言うレイの母親。それが、何故、どこで、異国の男と知り合い、子どもを産むことになったのか。
「ただし、母の存在を知らぬ者はなくとも、その世界でも公にはされていなかった。暗黙の了解の内にのみ、の存在として」
「……え、ちょっと待って……」
ローズの言葉の続きを、目で静かに制し、レイは続けた。
「母の禁忌の理由、それは二重の禁断の血……」
「……二重……」
レイは、ローズの呟きに睫毛を伏せて肯定を示す。
「話はかなり遡ります」
何かを噛み締めるように目を伏せ、レイは再び語り出した。
「かつて、その組織の一員であった修行僧、とでも言えばいいのか……その組織の中で、当時、一・二を争う強い力を持つ男がいたそうです。一方、時を同じくし、交わるはずのないもうひとつの組織の中に、当時、最高の巫女と称される女がいた。二人は運命の悪戯か、それとも必然だったのか……出会ってしまった。それが全ての始まりでした」
(それがレイのお祖父様とお祖母様なのかしら?)
ローズの頭の中では、目まぐるしく憶測が浮かんでは消えて行く。それでも、声には出さず、息をとめるようにして聞いていた。
「……二人がどんな風に禁断の関係に陥ったのか、詳しい経緯は私にはわかりません。が、その二人の間には男女の双子の子どもが産まれました」
レイのその話ぶりに、まだ終わりではないことが窺える。
「当然、大問題です。しかし、強力な力を受け継いでいるであろう双子の存在を、双方ともに無視することは出来ませんでした」
「…………」
「そこで、男の子どもは僧として、女の子どもは巫女として、秘密裏に引き取られ、何も知らされずに育ち……」
そこまで聞いた時、ローズの背中に嫌な予感が走った。何かはわからない。わからないが、どうしようもなく嫌な感覚に、思わず身構える。
「……その二人の間に産まれたのが、私の母です」
予感の的中に、ローズの身体は硬直した。
『二重の禁断の血』
その血を背負った母親が、更なる禁を侵して産まれた存在。その相手を目の前にし、ローズはただ、その漆黒の瞳に捕らわれて動けないでいた。