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浜崎さんの『人生、悲喜交々②』@ Under the Rose

 
 
 
~ 第一夜・第二幕 / オナゴ会ヴァージョン ~
 
 
 
 さてさて。

 敏腕とエリートの称号が怪しくなって来た男性陣が慌てて奥に撤収してから、モノの5分と経たないうちに店の扉が開き、華やかな空気が流れ込んで参りました。

「いらっしゃいませ」

「こんばんは、浜崎さん」

 今井さんが涼やかな声とともに入って来られると、後ろから静かに会釈をしながら雪村さんも姿を見せました。相変わらずお二人ともお美しく、男性陣が心穏やかでいられないのも頷けると言えば頷けます。

 ま、だからと言って、先ほどのアレはどうかとも思いますが。

 雪村さんは変わらずに言葉数は少ないですが、前回お会いした時よりもお顔は穏やかで、きっと今井さんとの関わりが、少しずつ心をやわらかくしているのであろうことが想像できます。

 片桐さんは、きっとそう言ったことも見越して、雪村さんの変化が藤堂さんのためになるだろうと、ご自分も今井さんとの時間をガマンして提供しているのだと……思いますけどねぇ。恐らく(遠い目)。

 あ、別に藤堂さんに功績がない、と言ってるワケではありませんので(棒読み)。

「何になさいますか?」私が尋ねると、

「浜崎さんの今日のオススメは何ですか?」と今井さん。

「スパークリングワインのいいものが入っておりますよ」

「あら、ステキ。それ、戴きます。……静希はどうする?」

「あ、じゃあ、私も同じものを……」

「かしこまりました」

 基本的にワインなど、特にシャンパンやスパークリングは開封すると後がないので、お客様からのご要望がない限り、私の方からは酒豪の方にしかお勧めしておりません。

 腹黒と呼びたければお呼びください(不敵な笑い)。

 今井さんは、恐らく普通に飲み切られるでしょう……今までの様子から察するに(確信的)。

「今日は女性お二人でお珍しいですね」

 男性陣への取っ掛かりと同じように私が話を振ると、今井さんは意味ありげな、しかし何とも魅惑的な笑みを浮かべました。

 これでは片桐さんでもイチコロでしょうねぇ(ヒトゴト)。

「……今日は静希とゴハン食べて、ちょっと話したりないね、って、こちらにお電話してみたんです。週末の夜だしどうかな、と思ったんですけど」

 今井さんの言葉に、雪村さんが何だか少し申し訳なさそうな表情を浮かべました。きっと雪村さんの方に、まだ今井さんと話したいことがあったのでしょうね。

「ご覧の通り、あいにくの閑古鳥状態です。お二人が、しかもお美しい女性にご来店戴けるなど大歓迎ですよ(超・本心)」

 ま、奥に隠れてる人が二名ほどおりますけどね(チラ見)。

「ラッキーでした。ね、静希」

 今井さんが、また小悪魔のような笑顔を浮かべて同意を求めると、雪村さんも控えめながらそれはそれは美しい笑顔を浮かべました。

 これでは片桐さんでも藤堂さんでも……以下同文。

「じゃ、改めて乾杯」

「はい」

 お二人はグラスを掲げてスパークリングワインを含み、美味しそうに笑い合いました。

「さてと。さっきの話の続きね。どこまで聞いたっけ?」今井さんの言葉に、

「あの……会話が……って言うところまで……」雪村さんが少し沈んだように応じました。

「ん……そっか、そっか。……んで?」

 今井さんの返事に、雪村さんはグラスのステムを両手の指でつまみながら、言葉を探すようにスパークリングワインの泡を見つめました。

「……主任と何を話していいのかわからないんです」

 雪村さんが呟くように小さな声で切り出しました。

「会話が続かないってこと?」

「……はい」

 今井さんは雪村さんの沈んだ横顔を見つめ、それから視線を宙に向けて、少し考えているようでした。

「それは、藤堂くんからの話に答えられないってこと?それとも、静希の方から話題を提供できないってこと?」

「主に、私が会話の主題を出せないと言うことなんですけど、突き詰めれば両方です。主任が話題を振ってくださっても続けられないと言うか……キャッチボールにならないんです」

 雪村さんは申し訳なさそうに、そして少し悲しそうに答えました。

 こうして聞いている限り、今井さんとの会話はスムーズに続いているようですけどねぇ(聞き耳)。

「考え過ぎじゃないの?会話なんて、ないものをムリに続けるものじゃないと思うわよ?」

 事も無げに言う今井さんに、私は「そうですとも」と心の中で頷きました。

「でも、こんなことでは主任も楽しくないと思うんです。里伽子さんのように会話が出来ればいいのですけど……こんな私みたいにつまらない女とでは……」

 ……などと雪村さんは仰いますが、お姿を拝見しているだけでうっとり気分ですけどねぇ。まあ、世間では『美人も3日』などと言う言葉もありますが、先ほどのあの様子では、藤堂さんは30年以上はうっとり気分が持続しそうですけど……。

 私が心の中で呟くのとほぼ同時に、

「大丈夫よ~、藤堂くんは!」

 今井さんがコロコロと笑い飛ばしました。その言葉を聞いた雪村さんが、ゆっくりと顔を上げると、今井さんは自信ありげな表情で言い放ちました。

「彼、ほっといたらいつまでだって、黙って静希の顔を眺めてニヤニヤしてるわよ!」

 私は派手に吹き出しそうになるのを必死で堪えました。さすがに良くわかっていらっしゃる。

「そんな……」

 雪村さんは困惑したような表情を浮かべ、今井さんの顔を見つめました。

「気づくと静希の顔をじーーーっと見てるでしょ?にこにこしながら」

 今井さんは急に声のトーンを下げ、雪村さんの耳元に囁くように尋ねました。すると、雪村さんが耳まで一気に赤くして口元を押さえました。

 おおっ!こんな雪村さんを拝見できるとは!……藤堂さん、さぞかし見たいでしょうねぇ(ドヤ顔してチラ見)。

「……何でわかるんですか?」

 真っ赤な顔でしどろもどろで雪村さんが尋ね返すと、今井さんはまたもや小悪魔のような笑みを浮かべました。

「やっぱりね~。そうだろうと思ったわ」

「え……里伽子さん?」

「藤堂くん、もう見るからに静希にメロメロだもの。仕事中はさぞかし必死に堪えてるんだろうなぁ~って感じ?」

 今井さんは抑えた声で、でも、楽しそうに答えました。雪村さんの顔がさらに赤くなり、恥ずかしそうに再び両手で口元を隠しました。

「ムリに話そうとしなくていいのよ。藤堂くんが振ってきたことには、出来るだけ細かく、小刻みに返してあげれば。あなたが知りたい、と思うことを聞いてみる、希望があれば提案してみる……それだけで。あ、あとは、たま~に笑いかけてあげればイチコロよ」

 雪村さんの肩をポンポンと優しく叩きながら言う今井さんは、まるで姉のような、母のような。

「藤堂くんのこと、好きでしょ?」

 今井さんのその言葉に、雪村さんは少し顔を曇らせて俯きました。今井さんが不思議そうに雪村さんの顔を覗き込みます。

「……私……好きとか……そう言うのが良くわからなくて……」

 雪村さんは自信なさげな様子で、呟くような声で心情を吐露。

「あ、あの……もちろん尊敬してます。すごく努力されてますし、判断力も的確で……信頼してます。……だけど……これが、好き、と言う気持ちなのか……良くわからないんです……」

 もう、泣きそうな表情で今井さんに訴えました。私まで鼻にツーンと来そうです。

 なるほど。雪村さんは今井さんに、こう言った悩みを聞いてもらっているワケですね。男性陣が「フラれた」の何のと騒いでいる間に(さらにチラ見)。

 今井さんは動じることもなく、全く表情を変えることもなく。

「静希は……藤堂くんと一緒にいるのイヤじゃないでしょ?」

 雪村さんが小さく頷きました。

「傍にいたり、触れられたりしてもイヤじゃないでしょ?」

 恥ずかしそうに俯いた雪村さんが頷きました。

「じゃあ、大丈夫よ」

 自信に満ち溢れた今井さんの言葉に、雪村さんが顔を上げました。

「藤堂くんは、元々、静希が口数少ないのも、意思表示が少ないのも知っててベタ惚れたんだから」

 雪村さんの顔が、湯気が出るのではないかと言うくらい赤く赤くなり、両手で顔を覆って俯いてしまいました。可愛らしいですねぇ(しみじみ)。

 ほらほら、男性陣。聞いていますか?あなた方が、やれ逢えないだの、やれ今井さんとの方が楽しそうだの、子どもみたいなことを言ってる間、女性陣はこんなに色々悩んでいるんですよ……って、この声量では聞こえてないですかね。

 すると。

「あの……里伽子さんは片桐課長とどんなお話しをするんですか?」

 雪村さんが果敢にも会話をしようと切り出しました。キョトンとした顔になった今井さんは、視線を宙に向けて少し考えてる風でしたが、

「思い出せないくらい、大したことない内容だわ」

 そう言って、またまたコロコロ笑い出しました。その返事に、雪村さんの方が驚いたような表情を浮かべ、

「あの片桐課長と……そんな風な会話が出来るものなんですか?」

 雪村さんの質問に、再びキョトンとする今井さん。

「何で?」

「え……だって……片桐課長と言えば、ほとんど伝説のようになってる営業でいらっしゃるので……先日、四人でお会いした時は私に合わせてくださっているのだとばかり……」

 雪村さんの言葉に、今井さんはこれでもか、ってほどコロコロ笑って答えました。

「普段は別に虎でもなければ豹でもないわよ?もちろん、お互いに営業だから仕事の話題になることもあるし、超・仕事モードの顔してる時もあるけど、食事中は食べ物の話もするし、部屋に行った時なんかはいつも会話してるワケじゃないし。向こうは仕事してたり、私は何か他のことやら料理やらしてたり……」

「……そうなんですか?」

「そうよ。静希、こんな風でいいのよ」

 笑いながら言う今井さんに、雪村さんは安心したような表情を見せました。

 そんな雪村さんに、微笑ましいものを見るような目を向けた今井さんが、クスッと笑いながらワインを含み、私に尋ねて来られました。

「浜崎さん、ご結婚は?」

「しておりますよ。一応。家内は、この業界ではむしろ私より有名だったのですが、もう引退しております」

「え、奥さまもお酒の関係の……?」

「はい。ワインやシェリーに関しては、私より全然上でしたね」

「そうなんですか!……え、じゃあ、今は……」

「子どもがおりますのでね。一時休業にすれば引退する必要はないのでは、と私は思ったのですが。それはそれで区切りをつけて、また何か始めたくなれば考える、と」

 いつの間にか雪村さんも顔を上げ、私の話に聞き入っていらっしゃいました。

「奥さま、かっこいいですね」

「ありがとうございます」

 今井さんの言葉は、家内にとっても、私にとっても、嬉しい誉め言葉でした。すると。

「それから、浜崎さんも」

 そう言って今井さんはにっこり。

「これは、これは……嬉しいお言葉、ありがとうございます」

 何とも素晴らしい、最高の誉め言葉を賜わったものです。

「誰かさんに見倣わせたいものだわ。ね?そちらの誰かさんにも……」

 今井さんは本当に小さな声で呟き、またまた魅惑的な小悪魔の表情へと変わりました。

 雪村さんがクスクスと笑いながら小さい声で、

「里伽子さんたら。片桐課長に悪いですよ。片桐課長と言えば、あの難攻不落と言われた案件を引っくり返して、我が社最大の難関を乗り越えさせた立役者なんですから……」

 そう囁いた、次の瞬間。

 ほんの一瞬。本当に一瞬だけ、ですが、今井さんの目が驚愕したように見開かれ、動きが固まったように見えたのは、私の気のせいだったのでしょうか。

 すぐに今井さんは元の表情に戻ってしまわれたので、雪村さんは気づかなかったようですが、私は何となく、気になって仕方ありませんでした。

 しかし、その後は特に変わった様子もなく、和やかに女子トークを繰り広げたお二人。

 そろそろお開きにしようと帰る用意をされ、立ち上がった今井さんは、私に「ごちそうさまでした」と仰った後で、ワリと大きめの声で、

「じゃあ、先に行ってますね」

 と、続けられました。

 私と雪村さんが驚いて今井さんの顔を見ていると、また、あの小悪魔な笑顔を浮かべ、

「彼女はちゃんとお部屋に送り届けておくから安心してね」

 さらにそう言って、半ば唖然としている雪村さんを促して扉から出て行かれました。

「……いやいや、まいりましたね。最初からすっかりお見通しだったようで……」

 お二人の後ろ姿を見送った私が、ひとり言のように声に出したのと同時に、男性陣お二人が遣る瀬ない表情で奥から出て来られました。

 道理で、所々、声の大きさを調整して話されていたワケです。男性陣に聞かせたいところと、聞かせたくないところと(感嘆のため息)。

 これはどうやら、男性陣お二人で1000年かかっても勝てそうにはありませんねぇ(ヒトゴト)。

 
 それでは、今宵はここまでに致しとうございます。
 
 
 
 
 
~ 第一夜・第二幕 / 完 ~ 第二夜につづく……かも知んない~
 
 
 
 
 
 
 
 

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