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社内事情〔68〕~非・顛末~最終話

 
 
 
※『社内事情』としては最終話です。
 
 
〔片桐目線〕
 

 
 ドタバタしながらも、流川の件は一応の片がついた。

 社長や専務がどう言う手を使ったのかはわからないが、流川の今後も立て直せるように配慮したらしい。最後の最後まで、社長は流川を見捨てなかった、と言うことだ。

 そうして、おれには正式なアメリカ赴任の辞令が降りた。

 七月一日付を以て着任となる。

 それが決まってからは、さらにテンテコマイだった。

 まず、一番慌てふためいたのはアジア部の林部長だった。まあ、当然の成り行きだ。

 里伽子の代わりに赴任させる者も決まっておらず、結局、経験者である津島課長が赴任することで合意。それにしても急過ぎだったため、三月で帰国するはずだった坂巻さんに、津島課長が着任出来るまで待ってもらうことで事なきを得た。

 里伽子は年度いっぱいで退職し、借りている部屋の契約もちょうど切れるため、更新せずにおれのマンションに移動。まあ、ほんの数ヶ月だけになってしまうが、渡米に当たって家具なんかも処分しなければならないし……ちょうどいい機会だろう。

 そして、六月に籍を入れることにした。おれたちが始まった日━━六月十日に。

 七月一日付とは言え、専務からは結婚祝いも兼ねて約三週間の休暇をもらった。もちろん、途中で仕事絡みの連絡はしなくちゃならないだろうが、次はないかも知れない貴重な長期休暇だ。

 里伽子と相談し、二週間ほどヨーロッパを周りながらアメリカを目指して、残り十日ほどで新居を整えることにした。家具などは既に手配してあるし、作り付けも多い。洋服なんかを整理したり、使い勝手を確認するくらいで済むはずだ。

 問題はあれだ……社長と専務が期待深々の……結婚式やら披露宴。

 おれたちは、これと言って大がかりにやるつもりはないことで合意していた。……のだが。

 専務はともかく社長にまで訴えられると……辛い。

『私が式見に席を置いている間に、片桐くんの晴れ姿を見たかったのだが……』

 思わず里伽子と顔を見合わせる。

 泣き落としが如く、言ってることは専務っぽいが、言い方が社長らしく控え目でいて寂しげ、それでいて半強制力を兼ね備えた威力……さすがに……苦しい。

「ほらほらぁ~老い先短い社長の願い、叶えてあげたいと思わないのかなぁ~?」

「……礼志……私はそこまで年寄り扱いされるほどではないぞ」

 調子に乗った専務の言葉に、社長の静かな怒りの鉄槌。

「……まあまあ……言葉のアヤですって。でもホントに、これを見ないと死んでも死にきれないですよね?」

 親子漫才は家でやってくれ、と思うような状況だが、乗り気じゃないおれたちの様子に、この後、専務はとんでもないことを言い出した。

「……わかったよ。じゃあ、こうしよう。式見物産主催で、全社員へのお披露目会を開催する。もちろん費用は会社持ち。片桐くんと今井さんは身体ひとつで参加してくれればいいから。……言っとくけど、社内行事だからね?」

(なんだとーーーーーっ!?!?!?)

 驚き過ぎて声も出なかった。

「……いや、ちょっと待ってください。費用とかそう言う問題ではなくて、ですね……」

 さすがの里伽子も唖然としている。そして社長に何か言ってもらおうと視線を向けると……。

「ふむ、名案だ。……どうだね、ふたりとも」

「……しゃ、社長まで何を仰ってるんですか!一社員の結婚を社内行事として行なうなんて!」

「じゃあ、他に方法がある?」

 専務がジト目を送って来る……やめてくれ!おれは金がどうこう言ってるんじゃない!時間もないこんな時に……そもそも、披露宴やお披露目会なんて、こっ恥ずかしくて出来るか!

 背中に鳥肌を立てつつ、再び、里伽子に視線を送ると、彼女はおれに目配せのように合図した。『任せる』と言っているのだ。おれに。

「……とにかく!他にもやらなければならないことが山積みなんです。この話はとりあえずなかったことに」

 そう言って、おれたちは一目散に社長室から逃げた。

「……どうしましょうか?」

 里伽子も困惑した様子で訊ねて来た。

「……当面、やることがあり過ぎて構ってられない……流そう……」

「……そうですね……」

 それよりもおれは、本当は里伽子に訊きたいことがあって頭がいっぱいだった。里伽子が流川と何を話していたのか、それが気になって仕方なかったのだ。

 だが想像通り、里伽子がその話題を出すことはなく……仕方ないこととは言え、胸の内に広がるモヤモヤを持て余している。

「……何か……すまん……」

「何がですか?」

「バタバタにバタバタの上塗りで……」

 頭を掻きながら言うおれに、里伽子は余裕の笑顔で首を振った。

「何とかなりますよ」

「そうかな……」

「何とかしましょう」

 里伽子が言うと、大丈夫な気がして来る。

「……そうだな」

 返事をしたまではいい。

 だがしかし━━。

 おれの目の前には今、社長の泣き落としより、専務のジト目より、もっと気が重い、一番の難関が待ち受けている……。
 
 
 
 
 
~社内事情・完~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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