片桐課長のチョーゼツ長い日〔後編〕
豪華な食事が用意された食卓。
さっきまでのお母さんからは想像もつかない、立派な、そして旨そうな料理の数々。里伽子の料理上手はお母さん譲りらしい。
「片桐と申します」
里伽子の兄貴と弟に自己紹介する。
「はじめまして。里伽子の兄で今井奏輔(いまいそうすけ)です。妹がお世話になっております」
おれとひとつ違いと言うだけあって、ちゃんとした大人の普通の挨拶。ただし、見た目は……お母さんに似ている。ものすごく似ている。もちろん背はそこそこ高いし、立派に男なんだが……デカい小動物と言うか(矛盾)、何かキラキラなイメージ。藤堂を可愛らしくした感じ、とでも言えばいいのか……。
「弟の亮輔(りょうすけ)です!姉がお世話になってます!……うわぁ……それにしてもお義兄さん、いい男ですねぇ♪仏頂面の姉ちゃんがこんなかっこいい彼氏連れて来るとは」
「これ、亮輔!」窘めるお母さん。
出だしの挨拶の言葉だけは至ってまともだが、やっぱり二十代半ばとあって若い。おれは既に『お義兄さん』位置に固定。顔は兄貴とそっくり。つまり、お母さんに似ている。そして、弟と言うだけあって怖いもの知らずだ。里伽子に面と向かって『仏頂面』などと……(とても言えない)。
「さあさあ、大したものはありませんが、どうぞ召し上がってくださいね」
お母さんのひと言で食事が始まった。
「……あ、うまい……」
口に入れて思わず洩れた本音に、お母さんの顔がキラキラを増す。何故かお父さんの口元まで微かに綻ぶ。
その様子に、おれは何だか微笑ましくなった。
里伽子が作ってくれる料理の味は、やはり似ている。微妙に違うのは個性だろうが、ベースはお母さんの味なのだとわかる。
「そう言えば、片桐さんは米州部の営業課長でいらっしゃるんですよね?」
やはり男、と言えるのか、里伽子の兄貴が仕事の話を振って来た。
「ええ……はい、一応。……私には過ぎた役職ですが……」
「いえいえ、お噂は伺っております。営業成績は常にダントツでトップだそうじゃないですか」
噂って……誰から何を聞いてるって?まさか里伽子がそんな話をしているとも思えないが。
「お陰さまで、私の元にいるメンバーが全員優秀揃いなので……」
これは本当のことだ。根本くんにしろ、三杉にしろ、朽木にしろ、おれは部下には恵まれていると思う。性格はともかく、能力的に。
「そう言う奏輔さんは何のお仕事を……」
「ぼくは公務員です……一応、警察関係の」
えっ!?まさか、このキラキラの兄貴が警官なのか!?……と思いつつ、何となく怖くて、それ以上は突っ込んで訊かないことにした。
「おれは、映像の企画関係です!」
弟くんが訊ねる前に元気良く答える。見た目は学生と言っても通用しそうだが、しっかり社会人してるらしい。
そう言えば、お父さんは公務員は公務員でも、何の仕事なんだろう?おれが不思議に思った時、
「それにしても、早々に赴任とは慌ただしくて大変ですね」
奏輔氏に話を振り戻された。
「……はい。私はもう、そう言うものだと……慣れてもおりますが、里伽子さんやご家族には申し訳ない限りです」
「大丈夫ですよぉ!里伽子も多少は海外……アメリカでも生活したことありますからぁ」
「そうそう。姉はどこでも同じように生きて行ける、図太くて順応するタイプですから、心配いりませんよ、お義兄さん!」
お母さんが明るく言い、弟は再び爆弾発言。おれはと言えば、ヘタに相槌を打ったりせずに無言。
ちなみにこの間、お父さんと里伽子はひと言も言葉を発していない。
「確かに、里伽子は結構順応するの早いですから、大丈夫ですよ、片桐さん」
……兄側からの微妙と言えなくもないフォロー。
「でも、7月早々に出発じゃあ、結納とかも急がないとねぇ」
お母さんの言葉に、おれは肝心なことを忘れていたのに気づいた。式云々、披露宴云々より、結納はしないといかんのか!……と。
(そうか……互いの家族の顔合わせはしなくちゃならんしな……)
「……とりあえず、それは課長のご家族にご挨拶してからでいいわよ」
ここで初めて里伽子が言葉を発した。家族のひとり歩きを牽制する威力。
「まあ、確かにそうねぇ……里伽ちゃん、先様へはいつ伺うの?」
「来週末」
……里伽子は本当に必要最低限の受け答えしかしない。
「じゃあ、それが済みしだいね」
お母さんはあっさりと自己完結した。こう言うところは……里伽子も似ていると言えるのだろうか。
その後も仕事の話や、社内の話などが質問され、終いにはおれたちの経緯なども突っ込まれ……ある意味、当たり前か。特に目立つようなエピソードがある訳ではないが、おれが無難に返している間、里伽子は一切口を出さなかった。
そうこうしながらも、和やかと言っていいのか……食事会は終了した。
「タクシー、10分くらいで着くって」
亮輔くんが、兄貴である奏輔氏の指示で呼んでくれたらしい。
「……いや……電車で大丈夫ですが……」
「結構、飲ませてしまいましたから、タクシー使ってください」
キラキラの笑顔で奏輔氏が言う。……おれは別にそれほど酔ってはいないのだが、せっかくなので好意に甘えることにした。
お父さんが何かで少し部屋に引っ込み、里伽子が部屋に忘れ物を取りに行っているほんの僅かな間、兄弟ふたりとおれが、三人で取り残された時のことだ。
「片桐さん」
奏輔氏に改まって呼ばれ、一瞬、身構える。
「はい?」
奏輔氏は優しい面立ちの中に、さっきまでとは違う色を浮かべながら、おれの顔を真っ直ぐに見た。
「……里伽子はあの通り、一見、誰にも彼にもあまり愛想がいいとは言えない子です」
おれは黙って続きを待った。
「でも、見た目以上に、周りのことを見ていると思っています」
「はい」
「……兄であるぼくが言うのもナンですけど、見た目だけで結構モテていました……昔から。だけど、見た目に釣られても、ほとんどがあの雰囲気について来れなかった人ばかりのようで……だからと言って、本人も自分をどうこうしようとは思わなかったみたいで……そこはちょっと、妹にも問題ありなんですけど……」
……ワリと……いや、かなり的確に的を得ていて、しかもかなり容赦ない。だが、真剣なのはわかった。だから、おれも真剣に聞いた。
「……それでも、決して悪い子じゃない、と兄として思っています」
「はい」
「……あの子を見た目だけじゃなくて、見えない良いところをちゃんと見てくれる人が……わかってくれる人が現れてホッとしています。そして、あの子にも、そう言う人に惹かれる気持ちがあったことにも。……正直、ちょっと心配していたんです……兄として、あの子の女としての男性観に……」
……ある意味、本当に容赦ない。
「だから、今日、あなたにお会い出来て、本当に安心しました。……どうか、妹をよろしくお願いします」
そう言って頭を下げた奏輔氏の後ろで、弟の亮輔くんも頭を下げた。
「……ぼくからも……姉をよろしくお願いします」
里伽子は、本当に家族に大切に思われている。おれは責任の重さを改めて実感した。
「……こちらこそ」
おれも同じように頭を下げた後、三人で何となく顔を見合わせて笑う。━━と。
「お待たせしました」
ノックの音がし、里伽子が入って来た。
「表に出てようか。たぶん、そろそろタクシー着くから」
奏輔氏の言葉に、皆がゾロゾロと玄関に向かう。ちょうど門を出たところで、タクシーが走って来るのが目に入った。
最後の挨拶を述べるおれの目に、ふと、表札が目に入る。
『今井綜三郎』
その名前を見た時、どこか見覚えがある気がした。
(……誰だっけ?……いや、里伽子のお父さんなんだけど……どこかでこの名前、見た気が……)
記憶を引っ張り出そうとする。だが、ちょうど里伽子に促され、記憶バンクに繋がる回線が一時切断されてしまった。
「じゃあ、ふたりとも気をつけて……里伽ちゃん、ちゃんと日取りとか連絡してね」
乗り込んだおれたちにお母さんが念を押す。
「わかりました」
相変わらずと言うか、里伽子が短く答えると、兄弟ふたりが笑っている。
「今日はありがとうございました」
窓を開け、おれが再度挨拶をすると、お父さんは小さく頷き、お母さんはお父さんの腕にくっついてニコニコし、兄は優しい笑顔を浮かべ、弟は満面の笑みで両手を派手に振った。
「また来てくださいね~」
お母さんの声に送られ、おれたちを乗せたタクシーは走り始めた。
タクシーの中で、おれはもう一度記憶回線を繋げにかかるも、どうしても思い出せない。
(……確かに、どこかで見た記憶があるんだが……)
「どうかしたんですか?」
腕組みで考え込むおれに、里伽子が不思議そうに訊ねて来た。
「……いや……きみのお父さんって……何関係の公務員なんだ……?」
「父ですか?兄と同じ警察関係です」
「!!!!!!!」脳に衝撃が走る。
……思い出した!
『今井綜三郎』って何年か前に新聞で見たんだ!
(現・警視総監じゃねぇかっ!)
……気絶しそうだ……。
式見社長や専務が、このことを知らないはずはない。ふたりが、やたら警察関係に顔が繋がると思っていたら……こんなところに伝があった、ってことかよ!
……冗談じゃなく、目眩がしそうだ……。
「……何だか具合悪そうですけど……大丈夫ですか?」
里伽子の声が意識の遠くの方で聞こえる。
「……大丈夫だ……今頃、少し酔いが回ったらしい……」
取り繕いながらも、今後を思うと一抹の不安が胸を過り、それを払拭することは出来そうもなかった。
*
来週末は、里伽子連れて久しぶりに実家に帰るのだが……。
何だか、すごくイヤな予感がする……と言うか、イヤな予感しかしない……。
~片桐課長のチョーゼツ長い日・終~
※この話は全部フィクションofフィクションです!
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