見出し画像

虐待をした人は虐待を認知していない

そろそろ1年以上連絡をとりたくない母親から電話がくるかなとおもっていたら、予想通り昨晩電話が来ました。普段だったら出ないのです。しかしここは端的にいえば結構酔っ払っていたので思い切ってでちゃいました。

「連絡を取りたくないのはあなたに虐待された過去がいますごく影響してるので会いたくない」「会う度に文句ばっかりいわれるから嫌だ」と伝えました。

すると母は「全部私がわるかったのね」「ごめんなさい」しかいわないから「そうじゃなくて、あなたはそういうことをしてたのをわかってるの?」と聞いたら「全部忘れた」「そうはおもってない」といってました。結局人を殴り続けた人はなんとも思ってないって事でした。

これっていじめの構図とよく似ている気がします。「いじめた方はなんとも思っていない」「いじめられた方は一生恨みを持つ」ということです。

ただ、恨みはどう考えても陰性感情です。アドラー心理学に基づいて考えると、その陰性感情エネルギーをつかってどのような仮想的目標に向かっているのでしょうか。結局いじめっ子や親を跪かせたいだけなんだな、ということに電話を切った後に気がつきました。これが仮想的目標なんだろうとと気がつきました。

その上で「もうこの人と関わらなくていいや」とおもうことで陰性感情がさっぱりなくなりました。もう電話がきても「話すことないから切るね」といえるようなきがします。また信田先生の本でも読んでみようかなと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?