サイコーのガン治療の場「ひよめき塾」

ストレスを抑え、好きなことをしてすごすことが、ガンの治療法として相当効果的であることはたしからしい。
医学的エビデンスがどの程度あるものかは知らないが、ともかく、自分の好きなことをしてすごしたり、信頼できる仲間と楽しんだりすることは、まちがいなく気分がよく、体調も上昇することは実感できる。
とくにバカ話でだれに遠慮することなく笑いあったり、腹をかかえて爆笑するのは元気になるし、なによりまちがいなく楽しく、身体もこころもよろこぶ。
ガンが治癒するかどうかは別にしたとしても。

小説など創作文章の研究と学びと場である「ひよめき塾」では、毎回、お題を出して、それにそってごくみじかい文章を書いてきてもらっているが、常連メンバーはときに、あきらかに私をねらって「笑わせに」くることがある。
今回は最古参メンバーのひとりである奥田浩二にしてやられた。

以前から何度かいっていることだが、彼はライトノベルファンで、自分もライトノベル作家になりたいと思っているらしい。
が、長年、こつこつと「上」をめざして書きつづけてきた結果、標準的なライトノベルのレベルをはるかに凌駕し、ともすれば商業小説のプロでも彼ほど書けるものはいないのではないか、というくらい「書ける」ようになってきている。

この点に関しては、私は人——というより書き手——を見る目に自信がある。
かつてパソコン通信時代に、ニフティサーブの「本と雑誌フォーラム」で「小説工房」という小説修行の場を主宰していたとき、何百人というメンバーのなかかに何人か、これはもうプロでいいのではないか、ひょっとしてプロ以上なのではないか、編集者の目は節穴なのか、などと表明していた書き手がいた。
実際、そのうちの何人かはプロの作家やライターになったし、だれとはいわないけれどなかにはベストセラー作家になった者もいる。

私の目はたしかなのだ。
といいたいところだけど、いまだにまったく世に出ていない人も何人もいる。
腕はたしかなのだ。
そのうちのひとりが奥田浩二だ。
ほかにも現ひよめき塾にはポテンシャルを秘めた書き手が何人もいる。

作者の許可は得ていないが、私を笑わせにきた昨日提出の奥田浩二作品を、ここにさらしておくことにする。
楽しんでいただければ幸いだ。
いっておくが、これは奥田浩二にしてみればほんの小手先の準備運動のような作品であり、このような作品は彼をはじめ、ひよめき塾にはごろごろ転がっていると豪語しておこう。

(ここから)
—————
「090」奥田浩二

 三回目の着信で相手側の本気度は十分に伝わってきたが、ここまでくると僕のほうもどんなテンションで応じればいいのかわからなくなってきていて、携帯電話の鳴動を餌のお預けをくったワンコの姿勢で眺めるしかないわけである。
 はやくでろよ。
 まったくもって正論である。ただし、世界は正論だけで成り立っているわけではない。正論はときにひとを傷つけるのだ。
 オーケー。わかっている。大きくいって誤魔化そうとしている。
 正直に言おう。僕は電話が嫌いなのである。
 だいたい090の着信は年に二、三回程度しかなく、その100%がバイト先からの、これがダメだ。あれが気に入らないというクレームなのだ。愛のささやきとかならまだしも、これでは受ける気にならないのは当然というものだ。
 四回目の着信が切れた。
 すぐさま五回目の着信が来た。
 なんてしつこい。こっちは家にいるのだ。その労力をクレーム処理の方に向ければいいのに。
 愛のささやきといえば昔、テレクラやダイヤルQ2というものがあった。あれはどういったサービスだったのだろうか。今となっては知る由もない。
 まだ切らない。ばっかだなー。
 そっちに用があってもこっちに用はないのだ。電話ってそういうところが嫌いだ。お会計の接客中に横あいから話しかけてくるおっさんくらい嫌いだ。並べよ、バカ。
 ちゃんと何時ごろにどんな用件で電話するよというアポイントメントを取るべきだとおもう。せめてLINEで「いま大丈夫?」くらいの気遣いはできないのだろうか? そうすればこちらも「いま忙しい」と返せるのに。
 まだ鳴ってる。
 一度ワン切りしたことがある。相手が一回鳴らせて切るというのではない。こっちが一回なった瞬間に通話終了を連打するのだ。
 めっちゃ怒られた。
 仕方がないから着信拒否をしたこともある。どうせ電話は年に三回くらいなのだ。もう電話はかかってこないとおもうと凄く快適だった。
 しかし、そういうときに限って相手は電話をかけているのだ。
「着拒してんじゃねーよ!」とバイト先に着くなり怒られた。
 そもそもスタッフに着拒されるバイト先って職場としてどうなんだろう。
 ここで僕は驚くべき発見をする。僕は成人する前までは、電話の応対は苦ではなかったということをだ。それが今はどうだ。電源ボタンを長押ししたい衝動を抑えるのがツライ。
 思い返してみよう。
 料金の節約で電話専用のガラケーとデーター通信専用のスマホの二台もちをしたことがある。しかし当時から着信は年に五回とかだったのだ。当然ガラケーは電池切れで放置され、結果電話が繋がらないということで文句を言われた。こちらとしてはいきなり電話をされても困るのだけれど、相手はそんなことお構いなしだ。映画とか芝居を見ているときにかぎって、電車に乗ってるときにかぎって、年に何回かの一回の着信でピーピーなるのだ。
 データー通信だけで生きていこうと決意したこともある。しかし今の世の中は、個人番号より電話番号の方が大事だったりする。おもわぬところで電話番号の記入を求められたりするし、SMSが認証に使われたりする。だから電話番号は手放せない。
 留守番電話にする?
 いやそれでも結局こちらから掛けなおさないといけない。格安回線だから基本料金は高いけど通話料は高いのだ。なんで高い金を払ってまであんなアホ女に電話をかけ直さなくてはならないのか。
 アホ女!
 ここでようやく僕は理解する。
 僕は電話が嫌いなのではない。バイト先が嫌いなのだ。まだ鳴っている。このあきらめない姿勢。もう病気だ。胃の周りがゾワゾワする。
※実話です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?