第7話 興味と匂いは蜜の味?

「立花さん。僕と付き合ってもらえますか?立花さんの事を知りたいのです。」
 付き合ってもらえますか?その言葉に有頂天になってしまった立花。その後、司は付き合ってもらう理由を言っていたのにもかかわらず、まったく頭に入っていなかった……
「あのときの、立花さんの「お、おなら」が気になって仕方ないのです。ぜひとも、研究させてもらえませんか?」
 こんな重要なことを司が言っていた間も、立花の脳内では司の『付き合ってもらえますか?』がリピートされ続けていた。その証拠か、この会話以降の立花は司の事が頭から離れなくなってしまっていた。
『えっ!す、好きってことなの?付き合ってって……。ま、まぁ。更衣室のこともあるし……』
 司とて、学園の首席で成績優秀者。ルックスもそこそこいいため、そんな司からの急な『付き合ってください』の発言に一時は驚いたものの、立花にとってもまんざらでもないため、断るのも不自然な気がしてしまう……
 まして、転入からさほど日にちが立たないうちに、司のファンクラブもできて、学園の女子生徒の人気もひとしおだった。そんな司からの発言ということを考えると、自然と口角が上がりにやけてしまうもので……
「へへっ。へへへへへっ。」
「おおっ!」
 近くを通る生徒すら驚いてしまうほどににやけっぷりの立花は、遥香も心配するほどだった。
「どうしたの?立花。何かいいことでもあった?」
「な、なんでも……」
「いや、そのニヤケっぷりは、何かあったしかないと思うけどなぁ。」
「そ、そんなことないよ~」
 立花は正直。浮かれていた。立花も学園のアイドルということもあり、しょっちゅうとまではいかないものの、告白はされることが多かった。しかし、今度の司の告白は、その前段階として更衣室でのアクシデントがあったことがかえってプラスに働いていたことで、より司に対して興味が湧き始めていた。
 それまで、立花の興味の対象ですらなかったオシャレなファッション雑誌や、コンディショナー。リンスにシャンプーなどと一通りの人気のある身だしなみ関連製品を買いあさり、おしゃれを始めたのは言うまでもなかった。
「ふふ~ん。明日は何を着ようかなぁ?」
 学園の放課後に司と会った立花は、数日後に控えた休日に待ち合わせをしていた。行先は、遊園地。デートの定番と言っても過言ではない場所に、それまで学業三昧で『デート』のデの字すらなかった立花。思春期の乙女としては、当然。浮足立ってしまうのはどうしようもなかった。そんな姿を立花の部屋の扉を少しだけ開けた眺めるのは……
「あらぁ。ついにうちの娘にも、春が?」
「なにっ!デートだとぉ!」
「こら、あなた。声がデカい!娘にバレ……あっ!」
 娘の部屋の入口でこんなに騒げば、立花にバレるのも当たり前の話で、案の定。怒った立花が、ふたりの前に立っていた。
「かぁさん。それに、父さんまで……。何してるの?」
「いや。これはな。母さんが覗いてたから……」
「いやですね。あなたは。私のせいにして……」
「いや、そういう訳ではないが……」
「で。どうしてふたりが覗いてるの?」
「どうしても何も、ねぇ。」
「あんなに、ノリノリで服を選んでたらねぇ~デート?デートなの?」
「どんな不届きものだ!うちの立花を……」
「あなたは!ややこしくなるから、どっか行ってて……」
「ちょっ!かぁさん……」
 娘を溺愛する父は、母の権限で蚊帳の外へと追いやられると、女同士になった母と娘。当然のように、恋愛談議に花が咲く。
「で、どんな人なの?」
「どんな人も何も……あの人よ。司くん。」
「えっ?司くんなの?」
「そうよ。」
「それなのに、あんなに浮かれてたの?子供の時会ってるのに。そんなにイケメンにでもなったの?」
「いや、イケメンかどうかは別として、まぁ。ファンクラブができるくらいには……」
「へぇ~そんなに、格好良くなったんだ~。お母さんも見てみたいなぁ~」
「絶対!ついてこないでね!絶対だから!」
「はいはい。わかったわよ。」
 『絶対だからね!』は、遠回しに『来て』という事よね?と勝手に解釈した母は、次の休日。探偵のような格好をして、立花の待ち合わせ場所へと先回りしていた……
『あの可愛い子が、どうイケメンに育ってるのか気になるわね。立花にはバレていないようだし、このまま尾行しましょうか。』
 母のこんな思いとは裏腹に、立花にはすでにバレてしまっていた。
『何よ!あれ。あれほど来なくていいって言ったのに……』
『それに、あれじゃぁ。来てますよ!って言ってるようなもんじゃん』
 立花側から見ると、母の姿は隠れ切れているようで全く隠れ切れていなかった。それと同時に、存在感が駄々洩れなことで、より『ここにいますよ』と言っているようなものだった。
 そんな無言のやり取りが続いていると、そこへ司がやってきた。カジュアルにまとめられた司は、いつにもまして格好良さが際立っていた。
「立花さん。待ちました?」
「えっ?あぁ。私も来たところだから。」
「それじゃぁ。行きますか。」
「うん。」
『あれが、司くん?かなりのイケメンに成長してるじゃない。良い原石だとは思ってたけど、ここまで格好良くなるとは……』
 立花に隠れていることがバレているとは知らない立花の母、彩花(あやか)は、立花たちの後をついていく……
「今日は、遊園地だっけ?」
「そうですね。まずは、カフェによって軽食かな?」
「うん。わかった。」
 遊園地に向けて歩き出した立花と司。そして、その後ろを追いかける彩花。立花と司の会話内容をしっかりと聞き取れるかというと、立花が身に着けているヘアピンにマイクロマイクが搭載されていて、それを受信していた。
『最初にカフェとは、ナイスね。』
 過保護を通り越してストーカーに近い彩花は、娘本人にバレたら一発でアウトなことを知った上でも知りたかったらしく、このヘアピンマイクはさりげなく立花の衣装の中に紛れ込ませていた。
「あのこがあのヘアピンマイクを使ってくれるかと、心配だったけど、好みのセンスは理解してるからね。」
 彩花のそんな策略があるとはつゆ知らずの立花と司は、西洋風のカフェへと入る。そのあとに続いて彩花も入るが立花たちとは遠くの席へとつく。しかし、その不審者感から、探偵などとは思われることは全くなく、ただの変人だと思われていた。
『へぇ。結構センスのいい店を選ぶじゃない。司くんは……』
 コーヒーを飲みながら、立花と司の姿を見る彩花は不審者の極みといった状態で、周囲から完全に怪しまれていた。そんな彩花の耳には、しっかりと立花たちの会話が聞こえてきていた。
「そ、それで。どうして、その……匂いに興味を持ったの?」
『におい!?』
「元々、そこまででもなかったんですが、立花さんに会ってからは特に興味が強くなって……」
『えぇっ!うちの子の匂いにぃ?』
「えっ。そんなに?」
「はい。今日は、香水つけちゃってるみたいですけど……」
「えっ。わかる?」
「はい。似合ってていいと思います。」
「そう?ありがと。」
 インカム越しに聞こえてくる立花と司の会話に、彩花も若い頃に戻ったような感覚になり、聞いていて恥ずかしくなってきてしまっていた。
『私も、あの頃はオシャレしてたなぁ~。念入りに体洗って、香水つけて……』
『あぁぁぁぁ~。はずかしぃぃぃぃ~』
 そんな会話を聞きつつ、夢中になっていると立花と司の会話が終わったようで、彩花の後ろを素通りして店を出て行った。その姿を見てから彩花は、気が付かれないように立花たちの後を追いかけていく……
 カフェから出た二人は、遊園地へ向かって歩いていく。立花と司が他愛のない会話をしつつも、どこかに母がいないか?とキョロキョロするも、立花からは母の姿を確認できなかったことで、もうついてきていないと思った。
『さすがに、母さんは来てない……よね?』
 そんな心配をしながらも、とうとう遊園地に到着する立花と司。遊園地ということもあり、周囲にはカップルばかりが目立っていた……
『ここが遊園地……』
 立花にとっては、幼い頃のに来た記憶しかなく、その時に誰と来たかすらうろ覚えだった。
「子供の時以来かなぁ。ここに来るのは……」
「そうなんですか?僕もです。幼い頃に、親と来たんですがそこで誰かにあった気がするんですけど……」
「へぇ。司くんもなんだね。どんな子だったの?」
「それが、うろ覚えなんですがとてもかわいい子で、一緒に園内を回った記憶もあるんですけど、顔ははっきり覚えてなくて……」
「そうなんだ……」
 立花と司の間では、共に同時期に遊園地へと行った記憶があったが、共に相手の顔や容姿を幼かったこともあり、はっきりと覚えていなかった……そのことで、ふわっとしたあたたかい記憶しか残っていなかった。
 遊園地は休日ということもあり、家族連れや子供たちで賑わっていた。アイスを買いに並ぶものやジェットコースターに乗るものなど、色々なお客が遊園地を楽しんでいた。
「えっ?ここ?」
「はい。まずは。恐怖からくる匂いについてです。」
「えっ?デー……いや、なんでもない……」
「まぁ。ほかの人から見れば……デートに見えるかもですが……」
 それまで浮足立っていた立花の気持ちが一気に冷め、冷静になった瞬間だった。司にとっては、興味をもったことにまっしぐらなことを、立花はすっかりと忘れて遊園地という単語に有頂天になってしまっていた。それもそうである。幼い頃はともかく学園に行くようになってからは、学業メインだったこともあり年頃の遊びすらしていなかった。
 そんなこともあり、司との遊園地というだけででも浮足立ってしまっていた立花だった。そして、立花と司は遊園地定番のお化け屋敷へと入っていく……
「きゃぁー」
「うわぁー」
 汗をかくというより、冷や汗をかく形になった立花。ガックリと肩を落とす立花に肩を貸しつつ、近づいた顔を立花の首元に近づける司。
「すぅ~」
「んっ!ちょっ。司くん……くすぐったい!」
 そんな二人の姿を見て驚いたのは、近くの生垣に隠れた彩花ともうひとりいた。それは、お約束というかやっぱりあの子だった……
「あの二人!あんなにくっついて!」
「司くん!大胆!」
「えっ?」
 たまたまなのか、彩花と遥香がちょうど同じ生垣に隠れて立花の様子をうかがっていた。初めて会う形になった遥香と彩花は、打ち解けるのもあっという間だった。
「あなたが、遥香さんね。うちの娘がお世話になってます。」
「いえいえ。楽しく見させてもらっています。」
「まぁ。学園ではどんな感じ?」
「えぇ。立花さんが司くんを好きなんじゃないか?っていううわさが……」
「あら。そうなの?青春ねぇ~」
 そんな話でふたりで盛り上がっていると、当の立花と司はメインの観覧車へと移動を始めた。正式なカップルではないものの、立花と司ははたからみればカップルも同然。そんな二人が観覧車に乗るのだから、何かあってもおかしくはない。
 そんなことを察してか、器用に変装した彩花と遥香は、うまく立花と司の乗ったゴンドラの隣のゴンドラに乗ることに成功した。
 立花と司が乗ったゴンドラは、次第に頂上へと向かっていく。そのゴンドラの中では……
「ほ、ほんと。司くんって匂いに興味津々よね。」
「はい。人それぞれに違うのも興味深いです。それに……」
「それに?」
「それに……立花さんのは……」
「ん?あたしが何か?」
 司が珍しく言いよどんでいると、立花が立ち上がりゴンドラが不安定になる。そして、お約束的に不安定になったゴンドラは、体積的に重い司の方へと傾く。それは、立花の不安定さを招き司の方へと倒れこませる。
「あっ!」
「危ない!」
ガタン!
 それは、付き合いたてのカップルによくあるシチュエーション。観覧車というロマンチック設定に、頂上に着くころに起こったアクシデントで急接近する立花と司。必然的にいろいろと考えてしまう……
『……近い……』
 互いの距離は、もう数センチでキスをしてしまいそうな距離。そして呼吸をすると、必然的に相手のに匂いが鼻を刺激する。そんな二人をあざ笑うかのように、観覧車は頂上へと到着し、ふたりだけの時間が流れる。そして、立花の見た光景は衝撃的だった。
『げっ!母さんに遥香?どうしてふたりが一緒にいるのよ!』
 円形状の観覧車は頂点で後続のゴンドラが横に並ぶことがある。そのことで、彩花と遥香が驚きの表情と興味津々の遥香の姿があった。
『あっ!やべっ!』
 彩花や遥香にとって、ここまでばつが悪いと思ったことはなく、ゴンドラ越しに気まずさと場の悪さがふたりの間に流れた……
『あの二人は……!』
 あきれ半分の立花はなんとか姿勢を立て直すと、司の前に座り直し身だしなみを整えなおした。
「はぁ。」
「何かあったんですか?」
「いやね。降りるとわかるよ……」
「えっ。は、はい。」
 そうして、乗降口に降り立った二人は次のゴンドラに乗っていた二人を見てびっくりした司だった。
「あれ?遥香さんと……。立花さんがふたり?というか、立花さんのお母さんじゃないですか。どうしてこんなところに?」
「それはね、司くんがうちの子を誘ったって聞いたから、それはもう。行ってみるしかないなぁ~と思って。」
「私は、その。たまたま居合わせただけで……」
「えっ?ほんとに?」
「ほんとですよぉ。そりゃぁ。面白いことにならないかなぁ~とは、思ってましたが、それだけですよ。それだけ……」
 そんな言い訳をずっと繰り返すふたりを、あきれながら見てる立花は司を強引に引っ張るように、その場を離れスタスタと歩き始める。
「ちょっと、立花さん」
「はぁ。あの二人ったら……」
 少々ご立腹の立花は、司の手首を取りつつズカズカ歩いていく……それまで異性と手をつないだことすらない立花にとっては、手首をつかむので精一杯だった。そうして、彩花と遥香が見えなくなったところで、ようやく歩みを止めると司の方へ向き直して……
「ごめんなさい!」
「えっ?」
「せっかくの遊園地なのに、あの二人が……」
「あぁ。そのことなら、気にしていないので。むしろ……」
「むしろ?」
「立花さん。皆さんに好かれてるんですね。」
「あっ、確かに……。」
「人望があるんですよ。」
「いやぁ。あれはあれで、しつこいもんよ。」
 そういいながら立花と司は、互いの家への帰路へとつく。その道中も今日の事について話は尽きなかった……

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結城里音
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