第18話 お見合い話と恋心
「お父さん。急にそんなこと言われても……」
早朝に白百合荘にかかってきた電話に向かって、そんな話をしているいずみ。急な話を持ち掛けたのはやはりいずみたちの父親の十六夜だった。
「でもな。いずみ。年頃なんだから、好きな人の一人や二人。いないのか?」
「そんなこと……お父さんに言えるわけないでしょ。恥ずかしくて……」
「全く、そんなことだと思ったから、お父さんが見つけておいたから。」
「はぁ?えっ。そんなの、頼んでない……」
「母さんからプレゼントと手紙届いてなかったか?」
「えぇ。届いてたけど……」
十六夜があさひと選んだイヤリングやアクセサリーがまとめて入れられ、母親から数日前に白百合荘へと届いていた荷物の中には、手紙が添えられていた。その中には、いずみにとっては身勝手としか言いようのない内容が書かれていた。
「お父さん。なんなの?あの手紙。お見合いとか……」
「考えておいてくれないか?いずみ好みのかわいい系の男の子だったから」
たしかに、いずみの好みとしてはかわいい系の男子が好きではある。しかし、いまのいずみにとっては、あさひが一番にしか考えられなかった。そして、あさひの話はお母さんにはしたことはあったが、お父さんにはしたことがなかった。それもそのはず……
『お父さん。異性の話をすると、怒るから。おいそれと話せないんだよね……』
「分かったわ。それで、相手の方の名前は?」
「ん?あさひさんという。」
「ん?えっ?もう一回。言って。」
「だから、あさひさんという。」
お父さんからの相手の名前を聞いたいずみは、その相手にひとり心当たりがあった。そう。自分が思いを寄せているあのあさひである。
『えっ!まさか、あのあさひちゃんじゃないよね?』
あさひは、文化祭以降の私生活ではボーイッシュな格好をして行動をしているが、対外的には、男の子として通している。モールも一応の学園都市内ではあるが、女の子としての身分証と男の子の身分証を併用する形になっていた。しかし、十六夜と会ったときは男の子としてあっていた。
しかし、いずみがその話は全く知らなかったことだったため、この時のいずみは学園とは全く関係のないあさひという人を紹介されるのかと、勘違いを始めてしまう。
『私にはあさひちゃんがいるのに、どうしてお父さんは違うあさひさんを見つけてくるの?』
そう思いつつ、いずみは父親の十六夜が紹介しようとしているあさひが、自分の知っているあさひなのかを確認しようとはするものの、いざ。確認しようとすると気持ちの整理がつかずにいた。
そんな間も、学園ではあさひがいずみの秘書をしていたり、手伝いをしていたこともあり、声をかけるタイミングはいずみにはいくらでもあった。しかし、どうしても声がかけれなかった。
『どう聞けばいいの?私の見合いの相手はあさひちゃん?とでも聞けばいいの?そんなの恥ずかしい。自意識過剰もいいところだわ』
そんなことを考えつつ、いつもと変わらない日常が進んでいく。そんな中でも、いずみの頭の中では「お見合い」の話が堂々巡りをしていた。それは秘書をしているあさひも気が付くほどだった。
「どうしたんですか?いずみさん」
「えっ!なっ、なんでもないわよ。」
「知ってますよ。いずみさんが『何でもない』っていうときに限って、何か抱え込んでるじゃないですか。何ですか?生徒会の事ですか?それとも、学園の事ですか?」
「どっちでもない。」
「じゃぁ。白百合荘の事?」
「それでもない……。」
「じゃぁ、なんですか。そこまでいずみさんが気に病むことって……」
「……あい。」
「?」
「…みあい」
「なんですか?」
「だから、お見合い。」
「えっ!」
その言葉は、あさひにとっても衝撃の言葉だった。それまで、恋愛沙汰のひとつも聞こえてこなかったこともそうだったが、いずみの秘書をするようになってから数か月以上を経ているのにもかかわらず、そこまで重要なことを気軽に打ち明けられてくれていなかったことにもショックを受けていた。
「いずみさん。お見合いするんですか?誰と?」
「昨日。うちのお父さんから聞いただけなんだけど……」
いずみがお見合いする話は、一日で学園中のうわさになり新聞部の琴葉も駆けつけるほどだった。
「いずみ様。お見合いの話は本当ですか!」
「あぁ。もう。だから言いたくなかったのよ……」
あさひや副会長の先導で、なんとか生徒会室に押し掛けた生徒たちを押しとどめて新聞部の琴葉だけを中に入れる形で納まっていたが、生徒会室の外には山のように生徒たちが集まっていた。
学園の生徒会長でありながら、あやのと並んで学園のアイドルのお見合い話に、歓喜するものもいれば、ファンの一部は嘆くものもいた。それは、いずみの秘書をしているあさひもその一人だった。
『いずみさん。僕のこと好きって、言ってなかった?それなのに、お見合いとか……』
あさひの中に巡ったその感情は、声にこそ出さないものの自然と表情に出てしまっていた。そして、その表情は容易にいずみへと伝わる……
『あさひちゃん、ごめん。そんな顔させちゃって……やっぱり、断らなきゃダメかなぁ。』
いずみの悩みは、いつものあさひとの買い物をぎくしゃくとさせていた。そして、その時の買い物は、いつもの買い物よりもよりおかしなものにしていた。それは、まるでお葬式のような、ふたりの間にピリッとした空気が流れていた。
「あさひちゃん、あれとってくれる?」
「はい。これですね。」
「ありがと。」
一通り買い物が終わった後。通路で休憩している時も、互いに会話はなくピリッとした空気が流れていた。そんな休憩するふたりにいつぞやと似た構内アナウンスが流れる。
「学園からお越しのいずみさま。いずみさま。ミラ様とララ様がお待ちです。中央案内書までお越しください。」
「えっ?また?」
「前も、同じようなことがありましたよね?」
「えぇ。あの時は、まさに迷子だったんだけど……あの子たち。何しに来てるのかしら……。ごめん、あさひちゃん。ちょっと行ってくるね。」
「はい。荷物は任せてください。」
それから、いずみは中央案内所へとあさひは買い物の荷物を番をするというこの前もあったような光景になった。そして、いずみが離れてからしばらくすると、見覚えのあるダンディーな紳士があさひの前に現れた。
「あれ?あの人は……」
「あ、君は。この前はありがとう。ちょうどよかった。」
「えっ?」
あさひの前に現れたダンディーな男性はいつぞやに案内したことのある十六夜だった。そして、娘さんにお見合い相手としてあさひを紹介したいと言い出していた。
「いやいや。そんな、あったこともない相手にお見合いって。いいんですか?」
「いいのさ、娘もきっと折れてくれるから……それで……」
「えっ?」
「一緒に写真を撮ってくれないか?」
ポケットから出したスマホをかざすと、あさひの横に並んだ十六夜はあさひの確認をしないままにあっさりと写真を撮ってしまった。
「ちょっ、十六夜さん。」
「これで、娘も納得してくれると思うから、いい返事を待っていてくれないか。」
「いや。そういわれても、お見合いをお受けしたわけ……あっ。」
まさに台風のようにあっという間に写真を撮っていってしまった十六夜は、あさひが説明を求める言葉を聞く前に、その場を立ち去ってしまった。
「あのひとは、本当に嵐のような人だなぁ~」
そんな十六夜のいった方向を眺めながら、つぶやいているとあさひの背中にいずみが呼びかけた。
「あさひちゃん?どうしたの?」
「いや、別に。嵐のような人が過ぎ去っていっただけなんだけど……」
「ん?そ、そう。」
それから、いずみとあさひはいつものように、買い物したものを持ち白百合荘への帰路へとつく。その帰路の途中、いずみのスマホにはお見合い相手の画像がメールに添付されたものが送られてきた。
『この子がお見合いの相手だよ。』
『ちょっ!お父さん……この子……』
「ん?どうかしました?いずみさん……」
「えっ、う、うん。」
『どうも何も、これって。この画像って……』
いずみのスマホに十六夜から送られてきた画像とは、いずみの見知った画像だった。