9.5話 ふたりの戸惑いの裏で……
いずみとあやのが屋上で話をしているちょうどそのころ。あさひはみやびの買い物に付き合わされていた。
「どうして、急に買い物を僕と?」
「いいから、ついてきて。」
わけのわからなかったあさひは、言われるがままにみやびのあとをついていく。スーパーの買い物や籠持ちなど、いつにもましてこき使われたあさひであった。
「ほら、持って。」
「は~い。」
白百合荘に一度帰宅して、着替えてから買い物へと出ていたみやびとあさひは、ボーイッシュな格好をして買い物をしていた。周囲からは、よく似た仲のいい姉妹のように見えているらしく、愛でるような表情で周囲から見られていた。
両手に一杯買い物袋をぶら下げたあさひとみやびは、途中。休憩のために近くの公園へと立ち寄った。
「ふぅ~つかれた~」
「これくらいで疲れるなんて、本当に男の子なの?」
「ちょっ!みやびさん。」
「ここはいいの。人も来ないし、学園からもある程度離れてるから。」
「そういうもんですか?」
「そういうこと。」
公園の隅にあるベンチに腰掛けた二人は、買い物で疲れた体を休ませる。そんなみやびは、買い物袋から一組のドリンクを取り出し朝日に渡してきた。
「ほら、つかれたでしょ。飲んでいいから。」
「は、はい。ありがとうです。」
カシュッ!
夏場には入らないものの、天気に恵まれたこの日は、少し蒸し暑い気温の高さでドリンクを飲んでいなければ、すぐにのどが渇いてしまうほどの暑さだった。
「単刀直入に聞いていい?」
「えっ?は、はい。」
「あさひちゃん。いずみねぇをどう思ってる?」
「ふえっ!いきなり、どうしたんですか?」
あさひからすれば、数日前にはいずみ唇を奪われ、その後プールサイドでは、あやのにキスされそうになるなど、あさひの周りでは色々なことが一気に巻き起こっていた。
あさひにとってのいずみは、白百合荘の寮長でその上に生徒会長という肩書も背負っていることから、凛とした姿とその美貌から憧れに近いものを抱いていた。
しかし、そんないずみがあの狭い個室のシャワー室でキスをしてきたことの衝撃や、『好きにならなくていいから、好きでいていい?』の言葉に、戸惑いを覚えていた。
「『どう?』って言われても……」
「じゃぁ。こう聞いたらどう想う?」
「好き?いずみねぇのこと。」
「す、すき?」
あさひにとっての「好き」という言葉は、いまいちつかめずにいた。ふわっとした感じや、胸の奥が『キュッ』となる感じが思い描けずにいた。それが好きということなのかやドキドキした感じは、感じてはいたがそれが純粋に『好き』という言葉にはいまいち、疑問を覚えていた。
返答に悩んでいると、みやびが一足先に話し始める……
「いや、『先輩として……』としてとか『寮長として……』とかの答えは間に合ってるからね。」
「じゃぁ。どう答えれば……」
「ひとりの『女の子』として、いずみねぇの事。好き?」
「それは……」
言葉に詰まってしまうあさひ。いずみの事を厳密に『好き』という感情をつかめずにいるあさひにとって、いずみはとても暖かく、自分をやさしく受け止めてくれる存在。そして、時々ミスをするけど、しっかりと生徒会長の職務をこなす立派な人というイメージが強く、好きという感情というより、尊敬に近い感情を抱いていた。
「みやびちゃん。いや、みやび。」
「なんです?」
「この、胸のもやもやするのは何だろう。いずみさんの事を考えると何とも言えない感情になる。これって……」
「あぁ。恋煩いですね。それ。」
「恋煩い?」
……恋煩い……
恋の悩みともいわれる恋煩いは、恋愛経験が少ない人がよくなるもので、あさひといずみのふたりとも異性との恋愛が初めてだったことや、いずみの世話好きで何かをしてあげたいと想う傾向にあったことで、より恋煩いにかかりやすい状況になってしまっていた。
「いずみねぇの事を思うと、もやもやするんでしょ?」
「うん。」
「それは、いずみねぇの事。好きってことだよ。」
「そうなの?」
好きということがいまいちわからないあさひにとって、みやびのこの言葉は少しだけの変化をあさひに与えた。それまで、恋や好きに対して雲をつかむような感じだったが、みやびのこの言葉で、『好き』という言葉が身近に感じる取れるようになった。そんなさなか。あさひは一つの疑問にたどり着いた……
「みやびが僕を想ってくれるこの気持ちも、好きのうちなのかな?」
「うぐっ!」
返答を待っているあさひをよそに、場の悪そうな顔をしながら言い訳気味に返事を返すみやび。
「友達として。ともだちとしてだから。」
「ですよね。」
お約束というかなんというか、いつものように慌てるということもなく、それでいて動揺する素振りを見せない、相変わらずの謎なみやびだった。
それから、白百合荘へと戻った二人はいずみと久しぶりに会話をしたあさひだった。
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