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第1話 アリスとアリナ

 観光都市 クラリティア

 海岸線に面したこの都市は、海と山の幸に恵まれたクラリティアは、ほかの地方からの観光客でにぎわっている。

「おはよう、アリスちゃん。重くないのかい? それ……」
「あっ。野菜屋のおじさん。どれ?」
「それだよ、それ。頭の上の……」
「あぁ、アリナ?」
「そうそう、アリナちゃん。いつも出掛ける時に一緒なのは知ってたが、いつもかい?」
「えぇ。アリナが一番落ち着くみたいで……」
「そうなのか。まぁ。アリスちゃんが重くないのならいいが……」
 アリスの頭の上には、アンゴラウサギのアリナが鎮座している。もっふもふの毛並みなこともあり、帽子と間違われることもたまにある。
「そうそう、アリナちゃんに。これ」
「いいんですか? キャロティーなんて貰っちゃって……」
 赤く小さな実は、アリナが食べるにはちょうどいい大きさである。
 とがっているキャロティーは、アリナにとっては一口サイズでちょうどよくなっている。
「毎度、思うけど。どうやって食べてるんだ? それ?」
「えっ? あぁ。これですか? どうなってるんでしょうね? ふふっ」
 アリスの頭の上では、バランスを取りながら丸い体を器用に使い、キャロティーを両手で持ちながら食べていた……

 それから、アリスとアリナは高台にある洋菓子店カフェ ラティアへと戻る。
 街を見下ろせる展望台も兼ねているその高台は、観光客の定番の観光スポットで、記念撮影スポットも存在する。
 そのスポットの中に、こんな石碑が建てられている。

『観光都市 クラリティアと商業都市 ラビティアの友好の石碑』

 2メートルくらいはある大きな一枚石板に刻まれたその石碑は、この地域の名物でもある。
 観光都市のこのクラリティアには、姉妹都市ともいえるラビティアという獣人の暮らす都市とのやり取りがあった。

 商業都市 ラビティア

 うさ耳系の獣人の住むラビティア。
 自然豊かな土地と、ラビティア産のキャロティーはラビティア内だけでなく、クラリティアに輸出されるほどの特産だった。
 クラリティアでの栽培が可能になったことや、クラリティアの技術がラビティアの暮らしを豊かにしていった……
 しかしラビティアには、便利になったことで特有の公害が発生し始めていた。
 危惧したラビティア側では、互いの世界の扉を閉じることで、ふたつの国のつながりは絶たれる形になってしまった。

 それから数十年……

 ラビティアとい都市の存在は、忘れ去られてしまい、歴史上の都市や空想上の都市などと揶揄されるようになっていた……
「ねぇ。アリナ。ほんとに、ラビティアってあるのかな?」
「なんて……。お話のできないアリナに聞いても、仕方ないよね……」
 記念石碑の真向いにあるラティアは、主に石碑を見に来るための学生や、ほかの地域からの観光客でにぎわっている。
 アリスにとっては、ラビティアも気になってはいたが、今はカフェのほうが重要だった。
 休日でもあるこの日は、カフェの稼ぎ時でもある。
 テラス席もあるカフェは、休日ともなるとアリスだけでは人手が足りなくなることもある。
「こっちも、おねがい~」
「はい、ただいま~」
「ありすちゃん、こっちもねぇ~」
「ちょっと、まってねぇ~」
 こういう時は、猫の手も借りたいほどに忙しい。お昼時は特に実感する……
『もう、アリナの手でも借りたいよ~。ウサギだけど……』
 それから、午後の1時くらいまでは忙しい時間帯が続くことになる。そして、お昼時を過ぎると、一気にお客は少なくなり、のんびりとした時間が流れる……
 お昼の営業を終えたアリスは、ひと時の休憩を得ることになる。

「ふぃ~。つかれた~」
 店舗のプラカードを準備中にすると、店内で休憩を取る。
「ん? アリナ……」
 椅子に座って休んでいると、アリナが膝の上へと乗ってくる。ふわふわの毛並みとどこかツンのような表情のギャップが何とも言えずに癒される……
 アリスは撫でながらも疲れからか、自然とため息が漏れる……
『ほんと……アリナがもしラビティア人なら……手伝ってもらえるんだろうけどねぇ……』
 マスコットキャラでもあるアリナ。自分がどこに行くのかわかっているように行動するときもある。
 アリナは、お客が呼ぶといく。ただ、人によっては……

「ありなちゃ~ん。あれ?」
 お客の中でも、好き嫌いが激しいらしく、呼んでも行かないときは全く無反応だったりする……
 それでいて……
「ホレホレ~。キャロティーだぞ~」
『!!!!』
 キャロティーがちらつくと、飛びつくという相変わらずな一面もある……
 少しの休憩の後、午後3時以降からは、夕方から夜にかけてのオープンになる。
 夜景のライトアップもしているクラリティアは、夜の観光客もそれなりに多い。
 当然。店に来る客も増えてくるわけで……

「アリスちゃん。こっち、お願い~」
「はいはい。ちょっとまってねぇ~」
 ライトアップの街並みと星空が綺麗に見える位置にあるため、夜遅くまでお客がいることも多い。
 特に週末などは、宿泊施設が近くにあるということもありテラス席を利用して飲食を取る客がいる。
 そんなときは……

「はいはい~、テラス席解放するから、好きに使ってねぇ~」
「まってました~」
 深夜帯に入る場合は、テラス席を解放することにしているアリス。
 特に休日ともなると、カフェ周辺は活気に賑わう。
「アリスちゃんも、こっちに来て相手してよ~」
「えっと、私は明日の準備とかもあるので……ごめんなさいね」
 アリスも誘われることはあるが、なかなか縦に振ったことがなかった。店の事もあったが、あることに気が付いた……

『あれっ?! アリナがいない?』

 いつも閉店後に、目につくところにいるアリナだったが、この日はどこにも見当たらなかった……
 アリスは店中を探しても見当たらず、棚の中から下。上まで隅々と目を通していったが全く見つかることはなかった……
 そして、最悪の可能性のひとつを、アリスは見つけることになった……

「えっ! 扉が……」

 それは、調理場から横にある通路に抜けるための扉が、少しだけ開いていた……
 ウサギのアリナには決して手の届くはずのないノブ。
 その扉が、少しだけ開いていた……

『えっ! まさか! だれかに連れて行かれ……』

 アリスは、店じまいもそこそこに、少しだけ開いていた扉から外に出ると周辺を探し始める。アリスの手には、アリナの好きなキャロティーが握られていた……

『アリナ……。どこ?』
 格子状に入り組んだ街並みは、夜ともあり場所によっては、女のアリスだけで行動するのは不用心すぎるというのもあった。
 しかし、アリナの事が心配なあまり、アリスは全く気にせずにずんずんと歩いていく……
『どこなの? アリナ……』
 路地のひとつひとつを確認していくアリス。アンゴラウサギのアリナということもあり、月明りに照らされようものなら、イタチなどの天敵からは丸見えになってしまう……
「アリナ!」
 アリスの声にピクッっと反応するモフモフの塊は、確かにアリナの姿だった……
 しかし、アリスは人でアリナはウサギなのだから、駆け寄っていけば、当然アリスのほうが追いつくのが早い。しかしこの時は、追いかけても全く追いつく様子がなかった……
『えっ。どうして……」
 アリスが一歩進むと、アリナが三歩先を行く。
 そんなことを繰り返していると、いつしかアリナの行く先が、夜にもかかわらずに次第に明るくなっていく……
『あれ……今って……夜……」
 明るい光に目をくらませていると、ようやくアリスはアリナにたどり着けたが、しかし……
「アリナが中に……」
 光に包まれながらも、必死に腕を伸ばしアリナをつかもうとするアリス。すると……

『こっち……』
「えっ!」
ぐいっ!

 光の中に入れたアリスの腕が、誰かに捕まれたような感覚の後、アリスは体ごと光の中に吸い込まれていった……

…………

 そして……

「ここは……」
 アリスがまぶしい光の中、ゆっくりと目を開けると、そこには自然にあふれた草原へとつながっていた……
「あれ? こんなところ……あった?」
 アリスの第一印象はそんな感じだった。
 クラリティアにも、自然の溢れる場所はあったが、ところどころにレンガ造りの建物があったりと人工物が存在する。
 しかし、アリスがたどり着いた場所には、人工物のようなものが全くない草原へとたどり着いていた……

「やっぱり、この姿のほうが楽だわ……」
「ん~~~」
 アリスは聞き覚えのまったくない声のする方向を見ると、そこにはモフモフのうさ耳と腰まで伸びる長い銀髪。そして……

『ちっちゃ!』

 見た感じ、150㎝くらいの小学生にしか見えない少女がそこに立っていた。
 それでいて、頭の上にはモフモフでふさふさした耳がピクピクと動いていた……
「な、なによ。人の顔、じろじろ見て……」
「えっと、どなた?」
「はぁ? あたしよ。アリナ」
「あ、ありな?」
 アリスの知っているアリナは、アンゴラウサギで手のひらサイズ。しかし、目の前にいる雄んなの子は、明らかに手のひらに乗るよりはデカかった……
「ほら、アンゴラの特徴の垂れ耳もあるし……」
「確かに……それに、その目……」
 アリスがアリナを見分ける場所として、大きな垂れ耳のほかに、ツンのようなジト目をしているのがポイントのひとつだった。
 そして、目の前にいる女の子も垂れ耳とジト目の女の子だった……
「これで分かった? 私がアリナ」
「ほんとに?」
「ほんとだってば!」
「じゃぁ……」
 信じられなかったアリスは、手に持ってきていたキャロティーを目の前に出すと……
『!!!!』
『あっ! この反応は……』
 キャロティーを見つけて目を輝かせて飛びつく姿は、まさにアリナのソレだった……
「やっぱり、アリナなの?」
「ふぁっきから、ふぉういってるふぇしょ?」
 口をもごもごさせながら、キャロティーをかじってる姿は、まさにアリナの食事風景だった……

『アリナは、女の子の姿になってるし……』
『人工物がない、大自然豊かな場所だし……』
『私は、いったい。どこに来ちゃったのぉぉぉぉ~』

 アリスの身に訪れた、不思議な日常が新たに始まります……

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結城里音
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