医師が悲しまなければならないのは、”理想像”があるから。
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堀元君
人権の企画、とても面白いと思います。
私の方ではこの議論を実践できる気がしていないので、堀元君が何かの形にしてくれるのは嬉しいですね。机上の空論ばかりにしないためにも。
あれからもう少し考えたので、共有します。
人権は共通理解によって成り立つと言いましたが、我々は完全に同じ人権概念を共有しているわけではないと思うのです。
殺してはならない、自由意思が尊重されるべきといった議論は、現代では恐らくほぼ全員が賛同するでしょう。
一方で、新しい人権のような人権概念のコアでない部分は全員の合意が取れなさそうです。日照権に対して、「いやいや、別に日が当たらないくらいで」と考える人がいてもおかしくはない。
そうすると、堀元君の企画でも「時間の切り売り(人権のコアド直球)」は面白いが、「一週間穴蔵で暮らします(日照権)」はつまらないと言う人が出てくるかもしれません。
この辺のギリギリのラインを見極めるような複数の企画があったら面白いかなと思いました。または、「人権を売る」とだけ言った時、人はどのような要求をしてくるのか、とか。堀元君を実験台に高見の見物をするようですが、何か実施したら教えてください。
さて。悲しみを強制する話に移ります。
結論からいうと、私も堀元くん同様、「悲しそうにせよ要求」反対派です。
その点で、多角的な視点は提供できません。
感情については今回事前のそれっぽい持論がなかったので、結構考えました。そして、なかなか面白い説明を思い付いたので、ここに記します。コメントください。
まず、前提を少し。堀元くんは補足で言葉の言い換えに触れてますが、私は「悲しめよ」が彼らの主張であると思います。彼らは、悲しみが表面的であることを見破ったら決して許さないでしょう。
そして、であるからこそ堀元君の解決策①は何の解決にもならない可能性が高い。看護師は悲しみを態度で示せと要求しているからです。ゆっくりと解決策②を進めつつ、己を狂人とでも標榜するしかありません。
ということで、解決策②に絡めて、なぜ「悲しめよ要求」がなされるのかを検討します。
堀元君の指摘するように、論理的には権利の侵害でしかないこの主張がなぜ共感されるのか。
一つ興味深いと思うことを。今回、反対派の堀元君ですら医師が場にそぐわない態度を取っていると感じているこのシーンですが、このコマの後に「ゴルフのうまい医師が調子が出ず、それが死んだ患者のことが頭の片隅にあるためだ」みたいな描写があったらどうでしょう。突然、医師が人間臭い好いやつに感じられないでしょうか。彼も彼なりの悲しみを抱えているのだ、と。
思うに、我々(および漫画中の看護師)は医療従事者一般に対して「患者一人ひとりに寄り添い、家族のように患者の容体を気に掛ける」人であってほしいとの理想像を持っているのではないでしょうか。
そして、理想像に合わない行動をとられると混乱してしまうのです。
今回のエピソードが面白いのは、理想像として「悲しむ」という感情が想定されている点で、他人の感情は何か表に出してくれないと他人には分からないのです。「泣く」とか「いつもできることができない」とか。このシーンだけから、「医師も悲しんでいて、でも立場上、表に出してないんだ」とは人は考えません。
堀元君も医師をアスペルガーかKYかと言っていますけど、人間が集団行動するには価値観の共有が必要です。理想像が共有され、同じシーンには同じ感情が表れるようでなければ、親しく生活などできないという事情が、今回の医師への看護師や読者の反発の背後にあるのではないでしょうか。これは、人間の古い反応で合理性の判断の入る余地がないのかもしれない(こういう分析、社会学でよく見ますよね)。
ちなみに。ここでも、人権の話同様に共有という考えが登場します。
人権もそうですけど、こういう価値観を我々はどこかでまとめて習うことはありません。いろんな体験を通して擦り合わせているだけです。
だからこそ、解決は難しいとも思うのです。小学校の3年生で習った概念は社会に害であるというなら教科書の改訂で事足ります。しかし、周囲の人々、漫画・ドラマ等々あらゆるところから少しずつ刷り込まれる概念を、どのように修正すればよいのでしょうか。
狂人として振り切るか、仮面をかぶるか。
現状、これだってものは思いつかないですね。
最後に。
泣いてる看護師だけが、価値観に捉われているわけではありません。
私や堀元君も、「泣くのは合理的でない」という別の理想像を掲げて、自然に泣けるところで無理して泣いてないのかもしれません。「サイコパスな自分(ここまで厨二病全開でないにしても)」を確立してしまうのは、合理性とは異なるでしょう。自己点検が必要です、お互いに。
2018年4月30日 理想像と共有というキーワードを思いついて興奮気味の結城