追憶~冷たい太陽、伸びる月~
探し求める者
第43話 さすらいの者②
Pansyは二十八歳になっても、大星大国を南下しながら絵を描き続けていた。
一冊目のスケッチ・ブックには、クリーム色よりさらに淡いベールが絵を覆っていた。
人間社会を描き留める年数が長く、杜で過ごした束の間が夢ではないかと思うときもあった。
しかし鏡を見れば、スケッチ・ブックの中身が現実だと、Pansyは思い知らされた。
鏡に映るのはPansy一体。同じ赤毛の父・Aoi、同じもえぎ色の色彩を持つ母・Sakuraはいない。この容姿で生涯強くあるべきだ、と自分自身に言い聞かせても、ときおり両親が恋しくなる。
CocoとPansyの後継者が見つからず、その後継者を選ぶ基準も年々変わっていた。
十五年前、Cocoの存在を受け入れてくれる人間であれば誰でも良いと思っていた。
実際、人間でさえ自分のことで精一杯な者が多く、他種族を受け入れるどころではなかった。
Cocoの故郷ではCocoを悼んだり懐古に浸るのではなく、PansyとOliveに襲いかかった。Cocoと同じもえぎ色の色彩を持つというだけで。
スケッチ・ブックの中身は誰にも見せられないと確信して十五年、今では生身の存在を家族として求める瞬間が増えている。Pansyの一番の家族はスケッチ・ブック。その次は美しい思い出と化した若い両親だ。
妻、パートナー、あるいは母。ありのままのPansyを受け入れて、スケッチ・ブックをPansyの形見として秘めてくれる。絵を売り物にせず、Cocoの眠る杜を心で見守ってくれる存在に、Pansyは未だ出会っていない。
また、Pansy自身が誰かにとってCocoのような存在でありたいと思えることが一度もない。
これからもそのような奇跡が起こりそうにないと諦め、木陰で風に耳を立てていた。この日はアルバイトが休みなので、公園でスケッチをしていた。
Pansyは考えごとを中断し、雑草が風に揺られるのをぼんやりと眺めていた。
人間が行き交う香りはレモネードにように爽やかで弾けていた。誰もが思いのまま過ごし、多くの子どもは飼い犬と戯れていた。アジア系も少なからずいたが、この場にトビヒ族が混在しているなどと誰もが思いもしなかった。
Pansyが時間の経過を忘れていると、イチゴを齧かじった瞬間に似た香りが近づいてきた。
「オネーサン、おとぎ話の案内人なの?」
Pansyの気が一気に締まった。四肢がピリッと痺れ、思わずスケッチ・ブックを抱き締めた。
「驚かせた? つい引き寄せられちゃって。私も画家なんだ。オネーサンよりはっきりとした色使いとタッチなんだけどさ、そっちも良いね」
ほら、と女性が自分のスケッチ・ブックを開いて見せた。
「難しいパーツはデジタルで作って貼りつけるんだけどさ、やっぱりアナログの方が良いよね。自分で描いている感じがあるっていうか」
「……名、前はっ?」
Pansyは突然しゃっくりが出てしまった。女性は気にしていなかった。
「Lisianthus(リジアンサス)よ。Lisy(リジー)って呼んで」
黒髪と太めの眉、黄みの強い肌が太陽光で輝いていた。
「……いやっ、ひっ、その、絵っ、の名前、ひっ」
「素敵! 私の絵のことを聞いてくれたの、オネーサンが初めてだよ」
Lisyは一歩も引かず、スケッチ・ブックの頁を捲って見せ続けた。