追憶~冷たい太陽、伸びる月~
受け継ぐ者
第46話 2145年―それぞれのフロント
「Pansyさぁ、オセアニアでも素敵な人を見つけないの?」
自宅のアトリエでの色付け作業を中断してブレイク・タイムに入ると、Lisyが唐突に言い出した。外は雨が降っていた。
「それは恋人ってこと? Lisy、外に出られないからってストレスを私にぶつけないでよ。仮にもあんたの師匠でしょう」
「仮じゃなくて立派な師匠だよ。私が十九年もついてきているんだから」
Lisyはコーヒーの湯気を優しく吹き飛ばした。Pansyはブラック・コーヒーにミルクを入れてかき混ぜていた。
オセアニアに移って五年、Lisyは三十七歳、Pansyは四十七歳になっていた。
「そういうあんたも恋人作らないじゃん。それどころか自分の弟子も探さず私と絵を描いてばかり」
一本の三つ編みに編んだPansyの赤毛には白が電光に反射していた。
「誰か魅力的な人がいれば、恋をしてもいいかなぁ。芸術の足しになるし?」
「悪かったわね、その足しが私に無くて。でもその代わり、私の生き方には別のスパイスがあるから、恋をしてもしなくてもいいのよ」
「優しい思い出? Pansy、自分の絵を未来(わたし)に残したいのなら、もっと前にフォーカスしなくちゃ。その良い例が恋!」
「Lisyがその例に飢えているだけでしょ。私だってこうして前向きに生きているんだから、それで十分。それを余計なお世話というのよ」
Pansyはマシュマロを一粒頬張り、アトリエに向かった。
Lisyは二人のマグカップに蓋をかぶせて、Pansyの後を追った。