追憶~冷たい太陽、伸びる月~
受け継ぐ者
第50話 Light for Lisy.
それから呼吸が詰まり、Pansyは息絶えた。
苦しいはずの最期であるにもかかわらず、目尻には細かい皺が寄っていた。
虹色の脂汗はそれ以上吹き出なくなった。
LisyはPansyの頭部を静かに寝かせ、Pansyが指したスケッチ・ブックに頁を捲った。
すべてオセアニアにて描いたもので、頁の半分には異様に厚い葉で頁の下半分が埋まっていた。
オセアニアの生物や植物は独特種が多いといえど、Lisyはこの葉を見たことがなかった。奥の森林も、これまで見てきたものとは似つかず、逆に初めて見たPansyの絵に雰囲気が近かった。
「これが杜? 一体どこにあったっていうのよ」
Lisyは生粋の人間なので、杜の入り口を見つけることすら叶わない。
杜の実際の雰囲気を感じ取ることもなかったが、絵の奥に生命の気配がないことは察知できた。
「だから人間の世界にあの男がいたの?」
トビヒ族には人間として生きる術の他に残っていなかった。
「これが、私の引き寄せられた、おとぎ話の世界? 何が起きていたの?」
頁を進めると、トビヒ族と人間が争う様子が描かれていた。両社とも閉鎖的で自尊心が高い。互いの発展―自然と文明の共存―を拒んでいるのが伝わった。
次の頁では、トビヒ族がやせ細り杜を出て行っていた。トビヒ族が杜を捨てた瞬間だった。
そうして、トビヒ族は人間に扮した。それなのにLisyが実際に遭遇したトビヒ族はわずか一体。それほど生粋のトビヒ族が人間社会で生き残るのは困難だった。人種差別のある地域ではなおさらだった。
それでもPansyはスケッチ・ブックの最後の頁に希望を遺していた。
淡いピンク色のワンピースを着た女性の後ろ姿。パステル・カラーで彩られた街へ向かう絵だった。Lisyはこの女性に会ったことがなくても、Pansyの母・Sakuraだと分かった。
Pansyは最期まで、Sakuraの幸せを願っていた。
Lisyは背表紙を上に、スケッチ・ブックを閉じた。
「マシュマロを食べなきゃ、一緒に探し出せたのに」
Lisyは大粒の涙がスケッチ・ブックにかからないようにするのに精いっぱいだった。
背表紙の右下にはただ一言、Lisyに遺していた。
"Light for Lisy, too."
意味は「Lisyにも光あれ」