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ありふれた新型コロナ感染記~私の物語~

「初めまして、ゆうか! 僕の名前は……」
「あ、待って。言わなくても大丈夫。一目でわかったわ。あなたはオミクロン。そうね?」
「その通り! よくわかったね」
「だってあなた、有名人だもの。知らない間に詳しくなっちゃった」
「会えて嬉しいよ、ゆうか」
「あら、私は会いたくなかったわ」

 そんなミニコントを頭の中で繰り広げているうちに、体温計の音が鳴った。

――37.6℃。

 まだPCR検査の結果は出ていないけど、99.9%今までにかかった風邪とは違うという確信があった。とうとう私も新型コロナウイルスに感染か。

感染0日目*予感

 2022年3月17日(木)の昼間。

 私は、そこそこ大きな声でお気に入りの歌を歌っていた。体が弱く365日中362日はどこか具合悪いが、性格がポジティブなため毎日を楽しく過ごしている。この日も、腹痛やめまいなんかの小さな不具合はありながらも、歌っちゃうくらい機嫌良くやることをこなしていった。

 我が家は二人家族。Aと私の二人暮らしだ。Aの仕事は不規則で遅いときは日付が変わってから帰ってくることもあるが、この日は次の日が早いということで20時には帰って来ていたと思う。

 普段22~1時くらいに食べる夕食も早く済ますことができ、Aは早々と寝室に消えていった。ちょうどその頃だった。

「ん?」

 カチッとスイッチを入れたように、急に喉に違和感が訪れた。本当に1秒前まではなんともなかったのに、突然喉に紙やすりを貼り付けたような痛みを感じるようになったのだ。昼間歌ったときに変な喉の使い方をしたのかな。

 私は風邪やインフルエンザ系のウイルスに強いタイプなのか、病弱なわりにあまりそういう症状で苦しんだことがない。とはいえ、それなりに喉の痛みは経験している。ただ、今回の痛みはどう説明していいのか、今までに経験したことがない種類の痛みだった。どんなに潤そうと何かを飲んでも、水分をまったく吸い込んでいかない乾いた木の板のようになった喉に、紙やすりを貼り付けられたような無数のトゲトゲ感。

 そこまで強い痛みではなかったけど、今まで経験したことがない状況になっているのは間違いない。そう、今思えば、この時点で私はオミクロンにこんにちはしてしまったことにちゃんと気づいていたのだと思う。気づいていたのに「いや、違う」と思おうとしていたんだ。

 Aが昨年デルタ株に感染したとき、明らかに喉の様子がおかしいのに「普通の風邪だと思う」と言っていた。私はそれを聞いて、なぜ現実を受け入れないんだと思いながら「いや、コロナでしょ」と冷静に言い放ったわけだが、実際自分が新型コロナだと思われる症状になってみて、あのときのAの気持ちがわかった気がした。A、ごめんね。認めたくない気持ち、今ならわかるよ。

 心のどこかでは気づいていながらも、違うと思いたい私は念のため体温を測ってみることにした。新型コロナではないわずかな可能性を探りたかった。

 37,1℃。うーん、微熱……あるよね。でも、これは本当の話、私は女性だから1ヵ月周期で36.2~37.2℃くらい体温の変化がある。だからこれを微熱と言っていいかどうかはわからない。

 とりあえず、明日Aには喉が痛いことと体温については伝えよう。

感染1日目*願い

 そもそもこの1週間、私はスーパーマーケットに2、3度行ったくらいで、他はどこにも出かけていない。もともと病弱とは言ったが、それにしても昨年後半はあちこち調子が悪くて病院で検査ばかりしていたので、今年の1~3月は極力体を休めようと思っていた。

 穏やかに日々を過ごすことで、少しずつ体力も回復してきたと思った矢先に今回の喉の痛み。もし新型コロナであれば、本当に感染経路は不明だなと思った。

 昼間、体温を測ってみたら36.8℃だった。昼の方が体温は低いとわかっていながらも、なんとか新型コロナではないと思いたいがために「よし! 36.8℃! 熱はない!」と自分を励ましていた。

 そういえば抗原検査キットが1つあるんだった。30分で結果が出るものだ。やってみると結果は陰性だった。少しホッとした。でも、当てにならないというのもわかっていた。

 夜、Aが帰って来てからもう一度体温を測ってみると37.2℃。やっぱり夜になるとちょっと上がるな。

「あのさ、なんか喉が痛いんだよねー。あと、熱が37.2℃ある。まー大丈夫だと思うけど」

「え、大丈夫? コロナでしょ?」

「いやー、どうだろう。違うと思うよ」

 なぜ人は嘘をつくのだろう。いや“人”と言ってはいけない。主語が大きすぎる。自分の悪いところを人類全部がそうだと思うことでごまかそうとしてしまった。みんなごめん。改めて言おう。

 なぜ私は嘘をつくのだろう。

 それは、嘘が本当であって欲しいから! 99.9%新型コロナだと感じていても、0.1%の可能性にかけたいから! どうか、新型コロナに感染していませんように!

感染2日目*確信

 喉の痛みは相変わらずだ。経験したことのない痛み方ではあるけど、特に強くなったりはしていなかった。でも、前述のとおりめったに普通の風邪すら引かないので、ちょっと喉が痛いだけでもかなりのストレスであまり眠れていなかった。

 相変わらず私は外出をしていなかったし、Aはたまたまこの数日間だけ朝早く出かけて夜早く寝る生活で私は完全夜型、と長く接触することなく過ごせていたのは今思えば良かった。

 夜になって体温を測るとやっぱり37.2℃。若干倦怠感があるような気もしたので、この日の夕食は料理をせずに宅配ピザで済ませた。

 私の場合、めったに引かない風邪を引いたとしても、喉の痛みが3日も続くことはない。それくらい本当に風邪を引かないというか、ほとんどは前兆の段階で終わるし引いても軽いことが多い。なので、今回3日間喉の痛みが消えないというのは異常事態だ。

 いよいよもって、私は自分が新型コロナウイルスに感染したことを自覚しなければならないと思った。

 PCR検査はまだだが、Aと完全に生活を別にするため、私は寝室のベッドの上に居を構えた。

感染3日目*本格化

 3月20日(日)。世間は3連休らしく、この日はその2日目だった。

 また何の前触れもなく、スイッチをカチッと押したように突然、喉の痛みが強くなった。え? なにこれ? 経験したことのない強い痛みなんだけど。

 食べ物が飲み込めないくらいの強い痛みはインフルエンザのときだったかに経験したことはあるが、それは喉が腫れることで起こる痛みだ。今回は、さっきも書いた通り、水分をとってもずっと渇いた状態のようになっている喉に紙やすりを貼り付けられたような痛み方だ。その痛みが急にMAXになった。

 それと同時に、これもまた今まで経験したことのない独特の倦怠感が襲ってきた。ずずーん……と地面に沈むようなだるさだ。

 はい、もうこれ、コロナ決定。オミクロンの症状そのものだし。

 念のため体温を測る。37.6℃。ですよねー。でも実は、これが今回の10日間で一番高い数値だった。

 たぶんこの時点で夕方だったと思う。もう確かめなくても新型コロナに感染したことはわかっていたが、私は先天性心疾患もあるし何かあったときに対処できないと困るので、きちんとPCR検査をして陽性だという証拠が欲しかった。

 自分で唾液を採取して検査機関に郵送し、サイトで結果を確認できるというPCR検査キットが家にあったので、喉の痛みと倦怠感でボーッとしながらも頑張って唾液を容器に入れて郵送の準備をした。

 そこで思い出したのが、この日が3連休の真ん中の日曜日だということ。月曜日も祝日で郵便局が休みだ。届いてから24時間以内に結果が出るのだが、水曜日になる可能性が高い。早く知りたいけど仕方ない。

 ま、どうせ感染しているって知っているしー。

 Aも濃厚接触者なので、私と別々に過ごし始めた日から数えて7日間は家から出られない。と言っても、PCR検査の検体をポストに入れてきてもらわなければならないので、人に会わない時間帯にそれだけは行ってもらった。

感染4日目*ピーク

 3月21日(月)。喉が痛すぎてやっと眠れたと思っても1時間ほどで目が覚めてしまう。倦怠感も強すぎて、ベッドから起き上がるのも疲れる。トイレに行くのなんて、旅に行くくらいの心構えが必要だ。

 喉が痛い痛い言っているけど、腫れているわけじゃないからか食べ物は痛みを感じずに喉を通った。これはラッキーだった。自慢じゃないけど、私は胃腸炎になったって失恋したって食欲だけはなくならない女だ。ひどい倦怠感に、だるいだるいと思いながらも毎日3食ちゃんと食べ続けた。

 細かく分類すると、温かい飲み物は喉を通るときにフワッと気持ちいいと感じ、冷たい飲み物は気持ちよくはないけど痛みも感じない。肉や魚などの固形物も痛みを感じずに食べられた。唾を飲み込もうとしても痛くてつらいのに、食事は普通に飲み込める。不思議だ。唯一食べるのがつらいと感じたものが、キウイフルーツだ。チクチクと喉を刺激してきた。

 食事はすべてAが作ってくれていた。一日3食作るのは結構大変だけど、私よりずっときちんとした食事を作ってくれて本当にありがたかった。10日の間にうどんを2回作ってくれたが、1回目はめんつゆベースで2回目は白だしベースだった。私だったら楽だから5回くらいうどんを作って、その全部がめんつゆでドーンだろう。

白だしベースのうどん
ペンネ
サラダ
きんぴら…などなど、病床に伏せる私のために面倒くさがらずにちゃんとした料理を毎食数品ずつ作ってくれたA

 トイレや歯磨きのときは、ニトリル手袋をして行った。お風呂は感染3~5日目は入る気力がなかったので入らなかった。

 喉の痛みと倦怠感でよく眠れないので、1時間くらいずつ細切れに寝たり起きたりを繰り返していた。そうそう、喉の痛みと倦怠感のことしか書いていないけど、この段階では本当にこの2つの症状だけだった。ただ、二度とコロナはごめんだと思うくらいつらかったのも、この2つの症状だ。

 明らかにこの2つの症状だけは、インフルエンザ(1回しか経験ないけど)のときとも過去の風邪のときとも種類が違っていた。

 喉は24時間痛く、頭も24時間ボーッとしていたが、倦怠感に関しては波があってときどき起き上がれる程度に良くなった。そんなときは暇を持て余すので、麻雀やゴルフのオンラインゲームをしたりした。眠れそうなときは横になり、かまいたちのYouTubeチャンネルなんかを見た。

 正直、仕事をする気にはなれなかった。というか、したとしてもまともに頭を使えるとは思えなかった。その前に、どんなに体調が悪くても、頭の片隅に「仕事をしなければ」という思いがあることにゾッとした。普通の会社の事務員だった遥か昔は、仕事は基本会社の中でのみするものだった。ただでさえ毎日忙しいのに、自分が休むことで同僚に迷惑がかかることや、復帰後のやることの多さを考えることはあっても、24時間頭のどこかに仕事をしなきゃという焦りがあったわけではなかった。

 ここ数年は常にこんな状態だから、どんなに形だけの休養期間を設けても心身共に回復が見られないのかもしれない。一旦どこかですべてをリセットした方がいいのかな、なんてことをこの療養期間は何度か考えたりした。

 この日も夜には体温が37.6℃まで上がった。

 ちなみに、市販の喉の痛みに効くと書かれている風邪薬を2種類試してみたが、どちらもまったくもって効かなかった。

感染5日目*変化

 3月22日(月)。相変わらずよく眠れていなかった。長くても3時間しか眠れない。昼、夜という区別もなく、起きてしまえばそのまま過ごすしかない。常に眠いのに眠りにつけないのはつらい。症状が強くなった感染4日目からは特に体力がどんどん奪われている感覚があるのに、睡眠時間が少ないせいでチャージされない。早くぐっすり眠れるようになりたい。

 ただ、この日から少し症状に変化が見られた。まず、夜になっても熱が上がらなくなった。最高で36.6℃。といっても一番高いときでも37.6℃だったので、それほど熱による体調の変化はなかったが、平熱に下がったという安心感はあった。そして、喉の痛みが若干弱まってきた気がしていた。その代わり、鼻水・鼻づまりと痰が出てきた。これらは、過去の風邪と同じような症状だった。

 倦怠感だけは変わらずあったが、喉の痛みが弱まったことは本当に良かった。今思い出しても、何が一番つらかったってダントツで喉の痛みだったから。

 少し気持ちに余裕が出てきたので、起きているときは読書をすることにした。買ったものの読んでいない小説がたくさんあった。私はミステリー小説が好きで、読書と言えばだいたいそれらを読んでいる。未読の文庫本をドサッと枕元に置き、読みたいタイミングで読んでいった。

 それから、何かを食べているとき、特に温かいものを食べているときが一番元気になれる気がした。はちみつ入りのレモンティーやくず湯なんかもAが作ってくれて、それを飲んでいるときも体が温まり少し元気になる気がした。

 高熱があるわけでもないし特に寒気などもないが、体が内側から温まるだけで少し違う気がする。体を温めることは元気に生きていくために大切なことだと感じた。もともとお腹が弱いので真夏でも常温か温かい飲み物しか飲まないのだが、これからもそうしていこうと思った。

感染6日目*確定

 PCR検査の検体は速達で配達されるので、私の予想では3連休明けの3月22日(火)には検査所に到着し、感染6日目のこの日、23日(水)の午前中くらいには結果が出るはずだった。

 10時くらいから何度もサイトのマイページにアクセスしてみたが、まったくもって結果は表示されない。以前一度検査をしたときは郵送した次の日にはもう結果(陰性)が表示されていたのだが、やっぱりそのときより検体数が多く時間がかかるのだろうか。

 それからもずっと15分起きにアクセスしていたら、14時過ぎに検査所からメールが届いた。検体が検査所に到着したというメールだった。今、届いたんかい! 朝から時間を無駄にしたわけだが、まあ仕方ない。結果が出たらまたメールが来るらしいのでそれまで待つことにした。

 そして、夜の21時近くになってまた検査所からメールがきた。すぐにサイトを開いてみると、そこには「陽性」の文字が。

 ほらね! 陽性だよ私! 言った通りでしょ!

 なぜか誇らしげな私がいた。高校受験に合格したときのような気分だった。それなりに勉強したし、99.9%合格している。でも……でも……もし落ちていたら……。ほら、やっぱり受かっていたよ! みたいな感じだ。

 まあ、正解したところでなんの得もないクイズだけど、ただ苦しんで過ごすだけよりは楽しくていい。それに、ちゃんと「陽性」と出たことで、もやもやしていた気持ちがスッキリしたというのもあった。

 療養が終われば保険金も申請できるし、陽性とはっきりしたことで保健所から連絡をもらって話せるのもいくらか安心材料になる。

 夜、体温を測ったら36.4℃だった。もう熱が上がることはないだろう。ただ、また新しい症状が出てきた。目の周りの筋肉がズキズキ痛むのと、頭痛だった。鼻水・鼻づまりもひどくなってきて、呼吸がつらい。

 結局また眠れない夜を過ごすのだった。

 この日はお風呂に入ることができた。ちゃんとお湯に浸かった。もともと水に濡れることが苦手で、お風呂もそんなに好きな方ではないが、やっぱり体を綺麗にしてゆっくり温まるのは気持ちいいなと思った。お風呂に入っている間は、そんなに強い症状は出なかった。

感染7日目*電話

 3月24日(木)。昨日からひどくなった鼻水・鼻づまりのせいか頭がボーッとする。顔全体がジンジンする。お寺の鐘の中に頭を入れた状態で、誰かにゴーンと鐘を突かれたような感じ。

 目の周りの筋肉も相変わらず痛いし、倦怠感もある。もう7日目だけど本当に治るんだろうか。

 朝10時過ぎ、検査所から電話が来た。検査結果が陽性だったので、保健所に連絡しますという内容だった。もう療養期間も終盤に来ているので、もしかしたら保健所から連絡が来ないまま療養期間が終わってしまうかもしれない、とも言われた。感染者数がまだ多い時期なので、それはそれで仕方ないだろう。

 保健所から連絡が来なかったときのために、といろいろなお知らせをしてくれた。濃厚接触者であるAは、19日(土)を最後に私と接触していないので26日(土)までで隔離期間が終了(7日間)、私は17日(木)に症状が出始めたのでそこを0日と数え、このまま悪化がなければ27日(日)までで療養期間が終了(10日間)とのことだった。

 もう保健所からは連絡がないもの、来たとしても明日、明後日かなと思っていたが、夕方17時頃電話がかかってきた。昨年の3月、濃厚接触者になったときも保健所にはお世話になったが、本当にいつもテキパキとわかりやすく丁寧な対応で素晴らしいと思う。

 改めて療養期間などの説明や基礎疾患について、今後のやり取りについてなどの話をしてもらった。そして、配食サービスを利用するかと聞かれた。26日はAが仕事に行くのでひとりになる。でも、部屋から出て料理するわけにもいかないし、一応いただいておいた方が便利かなと思って「はい」と答えた。

 ショートメールでも質問票を送ってあるから、そちらにも入力しておいて欲しいと言われて電話を切った。その後、質問票を開き問いに入力していったら、最後に配食サービスについての質問があった。

 そこには「金銭的に余裕がない人のために」というような言葉が書かれていた。電話ではそんな説明はなかったとはいえ、安易に「ください」と言ってしまって恥ずかしいなと思った。当然「希望しない」の方にチェックを入れた。

 念のため夜に体温を測ってみると36.5℃だった。

 鼻水・鼻づまり、痰、倦怠感、目の周りの筋肉痛、頭痛などはまだ続いていた。市販の風邪薬を飲んでみたら、鼻水・鼻づまりにとても効いた。薬は、最初に大きく書いてある症状に効く成分が一番多く配合されているらしいが、「のどの痛み」と大きく書いてある風邪薬なのに、喉が痛くて飲んだときにはまったく効かず鼻水・鼻づまりにはよく効いた。

 これは、単純に喉の痛みが強すぎて効かなかったのか、それともやっぱり今までの風邪と違う「新型コロナののどの痛み」だからこの薬に配合されている成分が効かなかったのか。

 よくわからないけど、何よりも手に入れたいのは喉の痛みを軽減してくれる薬だった。

感染8日目・回復

 3月25日(金)。薬を飲んで寝たからか、5時間くらい眠れた。久しぶりに長めに眠れたことで、体力も少し回復した。ただ、薬が切れると鼻水が出てくるので、鼻をかみすぎて肌が荒れヒリヒリしていた。

 それでも、前日までに比べるとかなり症状は良くなった気がする。鼻をかむときに力を入れると頭にビキビキと痛みが走るのはつらかったが、目の周りの筋肉痛は少し弱まっていた。

 ただ、また新しい症状が出ていた。咳だ。これは感染1日目から気になっていたことだが、どんなに水分をとってもずっと喉が渇いているような感覚があった。砂漠に計量カップで500mlの水を注いだだけのような、飲んだそばから水分がなくなっていくように感じていた。

 そんな渇いた喉からでる咳も、同じようにカラカラとした咳だった。とはいえ、そんなにずっと咳込むということもなかったのでそこまでつらくはなかった。ときどき連続して咳込んで、またしばらく出なくなるという感じだった。

 全体的には回復してきているという実感があり、座っている時間も長くなってきた。ほとんどの時間を読書に使い、ご飯を作ってもらって食べる。録画している番組が溜まってきていたので、寝室のドアを開けてリビングのテレビを遠くから見る形でバラエティー番組をいくつか見た。

 ドラマも録画しているが、セリフによっては小さくて聞こえなかったりするので、常に大きな声でしゃべってくれるバラエティーだけを見た。早く『相棒』や『ミステリと言う勿れ』の最終回が見たい。

療養中食べた美味しいお菓子

 普段は、朝方に寝て昼頃に起きる完全夜型人間だが、今は24時間いつでも寝られるときに寝ていることもあり、普段なら寝ている可能性の高い朝の8時頃はたまたま起きていることが多かった。8~10日目はこの時間に保健所からLINEで状況確認の連絡が来た。すぐに体温、血中酸素濃度などを測り、入力する。あまりにも返信がないと、大丈夫ですかー? と連絡が来てしまうので、ちょうど起きていて良かった。

感染9日目*兆し

 3月26日(土)。数日前まで、本当に治るんだろうかと思うくらいだったが、前日とそれほど症状に違いはないとはいえ、少しずつ良くなっているという実感はあった。

 何よりもやっぱり、5時間くらい眠れるということに回復の兆しを感じていた。ただ、急に起きていられないくらい眠くなったりもするので、明日から働けるくらい元気! というところまでは来ていないと思った。

 25日にプロ野球が開幕したので、連日中継を観たい気持ちだけはあったが、体力や睡眠をまだコントロールすることができなかった。ちょうど試合が始まった頃に起きていられなくなったり、試合の途中で疲れてしまって布団に入ったりと、開幕3連戦はところどころしか観ることができなかった。

感染10日目*収束

 2022年3月27日(日)。

 収束と終息の意味には、ほぼ事態が収まること、完全に終わりを迎えること、という違いがあるようだが、10日目のこの日、まさに私の新型コロナウイルス感染は「収束」を迎えていた。

 たまに出る咳、鼻水・鼻づまり、多少残っている倦怠感。ひどい花粉症の人たちに比べれば、たいしたことはないと思われるくらいの体調だった。そもそも、症状は違えど私は普段から日々なんらかの体調不良を抱えて生きているので、このくらいは日常と呼べるものだ。ただ、得意?な症状と苦手な症状があり、呼吸を制限されることが何より苦手なので、軽い鼻づまりでもかなりの苦痛ではあった。

 それから、喉の渇きは相変わらず続いていた。これも気にならない人はならないだろうが、私は苦痛に感じていた。症状自体はほとんどなくなっていたけど、個人的な感覚としてはもう少しゆっくりしたいなと思う10日目だった。

 朝9時前に何かが届いた。業者が玄関前に置いてくれた段ボールをまだ出勤前のAが部屋に持ってきてくれた。保健所が手配してくれた配食サービスだった。

 質問票では希望しないにチェックしたが、たぶんその前の電話で希望すると言ってしまったから、その時点で手配してくれていたのだろう。療養最終日にこんなにたくさんもらっていいのだろうかという気持ちもあったが、ありがたく受け取った。

 中には、パックご飯やカップラーメン、保存食のパン、ポッキーやクッキーなどのお菓子、ティッシュペーパー、トイレットペーパー、レトルトのカレーなどが大量に入っていた。

 症状が完全になくなったわけではないけど、誰かに感染させる心配はもうない。あとは自分のペースでゆっくり過ごすだけだ。ずっとベッドの上でしか生活していなかったので、体力も確実に落ちているだろう。少しずつ元の状態に戻していかなければならない。もともと体力ないけど。

社会復帰までの道のり

 明けて3月28日(月)。数字上での療養期間が終わったからといって、急に元気になるわけではない。療養最終日の夜は21時頃に急に眠くなり、起きたら夜中の2時半だった。5時間半も連続で眠れたのは良いことだ。

 それからは昼寝をすることもなく、穏やかに一日を過ごした。夕方になって、今の体力がどのくらいかを知るために外に出てみることにした。まだときどき急に咳が出ることもあるので、念のため出発前に風邪薬を飲み症状が出ないようにした。たまたま人が近くにいるときに出てしまうと、マスクをしているとはいえ相手が嫌な思いをすると思うので。

 まず、歩き方を忘れていることにびっくりした。家の中にいると、そんなに長い距離を歩くことがない。とりあえず前に進めればいいので、そんなに足を上げる必要もない。外を歩くとなると、ちゃんと地面を蹴って足を前に出さなければいけない。体が歩き方を思い出すまで数分はフワフワしていた。

 それから、やっぱりすぐ疲れてしまった。平地を自分のペースで歩いている分にはいいが、人が多くなって周りの流れに合わせなければならなかったり、階段なんかに差し掛かると、すぐに疲れて息が上がってしまった。

 あと、腹筋が痛くなった。たぶん療養生活の中では腹筋を使う場面がほとんんどなく、突然体を動かしたことで負担がかかったんだと思う。帰り道は、お腹に手を添えて体をくの字に曲げて歩いていた。

 のどの渇きも相変わらず続いていたので、唾を飲み込もうとするとひっかかる感じもあって、余計に苦しく感じた。歩数計によると歩いたのは約3,500歩。それだけでこんなに疲れるとは。週末から社会復帰したいと思っているが、それまでに体力が戻るのか本当に心配になってきた。

 この日は23時前に眠くなり一瞬で眠りについた。そしてこれを書いている今日、3月29日(火)。起きたのは8時だった。なんと9時間も眠ったらしい。途中二度ほど目を覚ましたが、またすぐに眠れた。

 改めて思ったのが、1に睡眠、2に睡眠だということ。具合が悪いとちゃんと眠れないので仕方ないけれど、結局睡眠さえしっかりとれればすべてはうまくいく。実際、今日の私は昨日より元気だ。

 鼻水・鼻づまり、咳、のどの渇きはまだあるけれど、体全体で感じていた疲れはスッキリとれている。倦怠感はゼロではない。でも、疲れはない。

 毎日8時間は睡眠時間を確保しよう。そう思っていても、普通に働いていたら絶対に無理だ。可能ではあるかもしれないけど、働きながらこれだけの睡眠時間を確保するためには、自分が自由に過ごす時間を削る以外ないと思う。そんな人生嫌だ。

 そう考えたら、世の中の動きはほとんどの人が不健康になるように作られているのかもしれない。みんな一旦スピード落とさない? なんて、ひとりだけスピードを落とすと取り残されるから周りを巻き添えにしたくなるけど、何よりも自分の健康を考えて思い切ってスピードを落とすのもいいかもしれない。

最後に

 マスクは必要ないとか、以前の生活に戻すべきとか、現状のままがいいとか、世間の動きに関係なくひとりひとり違う意見を持っていていいと思う。私は、自分の意見を言うときに「みんなのためにこうした方がいい」と大きなことを言う人は信用できないと思っている。潔く「私はこの方が都合がいい」と言っている人の方が、よっぽど素直だと思う。

 個人的には、本来の目的以外にもマスクというものはかなり便利だと思っている。

 すっぴんを隠すことができる、寒さをしのげる、というような理由もあるけど、仕事柄囲み取材などで人と接近することが多いからというのがある。以前から気になっていたのが、ラーメンや中華料理などを食べた人のにおい。汗のような、生きていると体から出るにおいはいい。人と接近することがわかっているのに、仕事前にわざわざにおいの強い料理を食べるのはなぜなんだろう。

 みんながマスクをするようになってから、それが気にならなくなった。かなりストレスが軽減されている。逆に、私自身も迷惑をかける可能性が減ったと思ったら楽だ。

 これからマスクなしで過ごせるようになっても、以前のように「マスクをして仕事をするのはマナーが悪い」と言う世の中には戻って欲しくないと思っている。どっちでもいいじゃん、という世の中になって欲しいというのが個人的な願望だ。

 それから、早くインフルエンザと同じ五類にするべきだという意見。私は世の中の流れに従うので、正直どっちでもいい。ただ、新型コロナウイルスが今のような扱いをされている間に感染して良かったなーとは思っている。

 他の人がどうなのかは知らないけど、私自身は今回新型コロナウイルスに感染してみて、過去の風邪ともインフルエンザとも違うと感じた。その結果、過去の風邪とインフルエンザは今後なってもまあいいかなと思ったけど(なりたいわけではない)、新型コロナは胃痙攣、前庭神経炎と並んで、私の「3大なりたくない病気」となった。軽症だったのに、だ。高熱を出して寝込んだインフルエンザよりも、だ。

    そもそも、すぐ病気や怪我を死ぬ確率が高いか低いかの二択で判断する人がいるが、そんな安易な考え方ってある?と思う。たとえば世の中には命は助かっても体に麻痺が残るものとか、ちゃんと治るけどかかっている間は相当きつい思いをするものだってある。その病気が患者に与えるものがどのくらいなのかを分析したいなら、もっと細かく段階を分けてくれないとなんの説得力もない。

 で、たまたま今は、新型コロナというものに対していろいろなサポートがある。保健所と連絡できたり、配食サービスなどがあったり、病院でのPCR検査はインフルエンザの検査のようにお金をとられない今の段階にあるというのは、医療費をあまりかけたくない人にはありがたいことだと思う。

 ワクチンだって変な陰謀論に傾倒している人を除いて、打つのも打たないのも人それぞれだからどっちでもいい(私は2回打っている)。ただ、今は無料で打つことができるので、打ちたい人にとってはラッキーだ。

 私は先天性心疾患を持って生まれてきて、その後も脊柱側弯症などいろいろな病気になりながら生きてきた。不摂生をしたからなる病気ではないので自分が悪いわけではない。たまたまの巡り合わせ。

 たまたまそういう子供が生まれてきて、若い両親は私のためにいっぱい医療費を払ってきた。そして、今は自分で医療費を払っている。昨年から私はある病気で毎日薬を飲まなければならなくなり、その薬代も結構高い。できることなら病院なんて行きたくないし、無駄にお金を払いたくなんてないけど、どこかが悪くなるとやっぱり病院に行くしかない。

 両親にはなんの苦労もなく育ててもらったし、今も金銭的に不自由をしているわけではないけど、だからといって、医療費? いくらでも払ってやるぜ! とはならない。私はまだいいけど、保険がきかなくて大金が必要な病気になっている人は本当に気の毒だと思う。

 だから、医療費が安くなるとか無料で何かをしてもらえるとか、いろいろなサポートがあるということはとてもありがたいことだと思っている。今現在、年間通して流行っているものに対してそういう扱いをすることは悪いことではないし、お金の面に関してはなるべく長くサポートがあればいいなとは思う。(だからといって、政府のやることすべてに賛成しているわけではない)

 自分と違う立場の人を理解するのは難しいから、たまたま健康でじょうぶな体に生まれた人たちに、病弱な人のことを考えて欲しいとは思わない。それに、結局世の中はマジョリティー(ここで言えば健康な人)に合わせた方がうまくいくわけで、弱い立場のマイノリティーに合わせようとするから反発や混乱が起きる。だから、マジョリティーの好きにしてくれてもいいっちゃいい。

 ただ、マイノリティー側だとしても、自分の意見は自分の意見として一応言っておく。

 みんな違ってみんないい。意見を言うときはケンカ腰にならないように、穏やかに。自分と違う意見の人がいても、その人は敵ではない。それぞれ立場が違うので全員が納得できるような世の中にはならないだろうけど、せめて周りのひとたちとお互い主張したり譲り合ったりしながら、少しでも毎日を楽しく過ごしていければいいと思う。

 そんな感じで、私自身は今後後遺症なく過ごせること、そして早く新型コロナウイルスの流行が下火になり、インフルエンザくらいの気持ちで向き合えるものになることを願っています。

 グッバイ、オミクロン。

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