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子供たちと向き合う覚悟。♯4

小学生でバレーの魅力を知り、中学でもと頑張ったが、それでも出来なくなってしまった

そんな息子が中学3年になる春だった。

突然、ある友人から数年ぶりの連絡。
久しぶりだなぁと思っていた矢先、彼女から小学生バレーボールクラブを立ち上げて欲しいと言う依頼を貰った。
私達の住む町には10年近く前まで強豪  小学生クラブチームがあった。
それを復活させて欲しいとの事。
彼女はその頃の生徒。

まずは、チーム立ち上げの右も左も分からない状態なので、その頃の監督とアポを取り、彼女と共にある小学校に出向いた。

当時とは違う雰囲気の監督。
今はその小学校の校長先生だそうだ。
すごい厳しかった監督だが、今は優しいおじいちゃんと言った所だろうか。
気持ち良く私達を校長室に迎え入れてくれた。
昔話にも花が咲き、予定時刻を大幅にオーバーしての対談となった。
そして、新しく立ち上げる際には『私の名前をどんどんつかっていい。』
そんな嬉しいお言葉だった。
顧問としての就任も快く受けてくださった。
ただ、仕事が忙しく監督は出来ないとの事だった。

そうなると私には指導者としてのノウハウも技術も無い。私の足りない部分を補う同志を集める必要があった。
すぐに適任者は思いついた。
ただ、転勤で遠くにいる。
いつコッチに帰ってくるのか。
帰ってきた後にどこかのチームに所属する予定があるのか。

ドキドキした。
ワクワクもしていた。
子供たちがバレーをする環境を用意出来るのは素敵な事かもしれないと思った。

依頼を引き受けたら、その時点でそれはもう私の問題となる。
真剣に取り組まなければ!!強くそう思った。
生半可な気持ちでは始められない…と

ーーーー覚悟する。

プライベートがなくなるかもしれない。
家族を放置するかもしれない。
仕事を削らなければならないから収入も減るかもしれない。
色んな可能性を考えて覚悟しなければならなかった。

私は急ピッチで現在の指導やスポーツの在り方について猛勉強し、チームの方針、指針を定めた。この時、とても丁寧かつ真摯に応えて下さったのはTwitterで繋がっていた沢山の著名人達だった。spaceやDMを使い、その貴重な話を私の小さな脳ミソに叩き込んだ。

そして、すぐに指導者候補たち、地元の中学や高校の顧問の先生たちとコンタクトをとった。地区の小バレ協会にも連絡した。
賛同し協力してくれる仲間ができた。
それだけで強くなれた。

そして、実際に子供たちを集める為に、まずはバレー教室を開こうと動いた。

体育館。
チラシ。
スポーツ保険。
ボール。
ボールカゴ。
救急セット。

色々と準備とお金が必要だった。

しかし集めた指導者たち皆で協力し合い4回目までの日程が組めた。道具も全て準備できた。
こうして、ようやく第1回目のバレー教室が開催出来たのだ。

たくさんの子供たち。
様々な指導者。
かつての元監督であり現顧問も手土産を持って来訪してくれた。
その教え子の子供たちも参加してくれた。
立ち上げは間違っていないと確信した。
私の中で夢は大きく膨らんだ。

だが、そんな時、新型コロナはやってきた____。


体育館が使えない!!

                                                                  つづく。

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