生存困難
著 小松 郁
1、
あたしは息をする度に生きる可能性を殺している。
この世に生まれ落ちることって自分を殺していく作業なんだろうか?
息をするのが苦しい。
そしてまた息継ぎを終えるとあたしはぜいぜいと喘いで頭をもみくちゃにする。
思えばあたしに良い事なんて何も無かった。
親はあたしを出来物の様に扱い汚い物を見る目でいつもあたしを見ていた。
そうだ。あたしは汚物でも結構。
でも言っておくけど貴方たちなんかよりもずっとあたしの方が綺麗だわ。
あたしはみんなみたいに綺麗に自分を着飾ることは出来なかった。
汚らしい。
自分の汚らしさを思うと彼女たちに復讐してやりたくなる。
「同じ癖にっ!」
げふっと喘いで必死に次の息継ぎをする。
「はあっ!汚い奴!汚い奴!」
生きるために・・・生きるために・・・
「あいつらは何でもやるんだっ!」
ごほごほごほごほっ!
続けざまに咳は止まらず喉を押しつぶしあたしは必死に空気を求める。
「チキショー!!チキショー!!
あいつのせいだ!あいつが全部悪いんだ!!!」
天井を睨みつけながらもその目は何か別のものを見ている様だ。
悪魔と呼ばれるもの。
それはどこにいるのか未だ姿を見せることはなかった。
ただ遠くからかすかな囁き声の様なものが聞こえる。
「ふん、恨め、憎しめ、貴様らにはそれがお似合いだ。」
「なんだとぉ、てめえは誰だ!てめえが全部仕組んだんだな!!」
声は部屋にこだまする様になっていた。
「うふふ、そうですとも。見事に醜いお嬢さん。
ただ私には貴方たちを地獄に導く任務がありましてね。」
「チキショー!いつだってそうだ!!!
私はあいつらは蔑むことしか知らないんだ!!!ゴホゴホゴホッ!」
「ふふふ、お可哀想な醜いお嬢さんのために特別なプレゼントを用意してあげましょう。
これは内緒ですよ。特にあ・い・つ・らには」
「てめえ本当に悪魔なのか!?悪魔は願い事を叶えてくれるのか!?
そんんな話聞いたことないぞ!!!」
「だからこれはあ・い・つ・らには内緒なんですよ。
さあ望みのままに。悪魔の契約書にサインをすれば3つだけ願い事を叶えてあげましょう。」
「なんでも良いのか?本当に叶うのか?」
「何しろ悪魔なのでね。欲望に忠実な方が大の好物でして。」
そう聞こえた後にペロリと舌なめずりをする様な音が微かに聞こえる。
しかしこの女、発狂したこの女には何も見えも聞こえもしない様だった。
「あいつらを始末しろ!まずそれが一つ目の願いだ!」
「さてあいつらとは誰でしょう?多少はこちらにも事情がありましてね。
直接的な力が及ばない相手もいるのです。
こういう願いに換えられてはいかがでしょう。
あいつらも悪魔と契約して地獄に落ちろと。」
また舌なめずりが微かに聞こえる。
そしてその声は歓喜の喜びにあふれている様だった。
「地獄に落ちるのか!あっはっはっはっは!あいつらにはお似合いだ!!!
それで良いぞ!!!」
「では悪魔の契約書にまずサインを。
指を切って血で書かなければいけませんがどうされますか?」
「構うもんか!フガー!!!」
彼女はそう叫ぶと髪を振り乱し自らの指先を齧り取った。
「どうだ!早く契約書を出せ!」
クックックックック・・・
高笑いとともに空間に文字が浮かぶ。
何が書いてあるかはさっぱりわからない。
「さあ、ここにサインを!」
「お嬢さんを悪魔の眷属として迎え入れましょう!!!」
かつて世の中を思い通りに蹂躙してきた悪魔たち。
それは現代でも着実に勢力を伸ばしていた。
そしてまた地獄に迎えられた悪魔の祝福を受ける少女の姿がそこにはあった。