目障りな存在

「俺は奴らにとって目障りな存在なんだろうな」

「どうしたスネーク」

 カズはスネークに問いかける。マザーベースの居住棟糧食班、夜も更けて他に誰もいなくなってがらんどうとした食堂にてスネークとカズヒラ・ミラーは晩酌をしていた。スネークはもうすでに何杯も空けていたがこれぐらいで酔い潰れるような軟弱な男じゃない。だが今夜はいつもと様子が違う。

 そもそもの起こりはパスの起こしたメタルギアZEEK暴走騒動からだった。事件の後始末をしたあと二人でした決意表明。全MSF兵を集め『アウターヘブン』の演説をしたのもこの頃だ。それ以来スネークは現場に出ることもなくなり、司令塔に籠ってカズと共に部隊に指示を出すばかりとなっていた。きっと慣れないデスクワークで疲れとストレスが溜まっているのだろう。スネークを呑みに誘ったのもそういう理由からだ。

「奴らがどんな手を使ってこようがかまわない、俺は受けて立つ」
「酔っているのか」
 カズには今のスネークが酔っぱらってうわ言を言っているようには見えなかった。だが心が疲れているときに口から出る独り言はどうしようもない。カズにはわかっていた。
「俺たちはこの先どうなるんだろうな」
 スネークのこれは弱音ではない。自分の内側に向けた問いかけだ。だからカズはカズにできる返答をする。
「もちろんMSFはこれからどんどん大きくなる。冷戦が終わり地域紛争やテロの時代が来ればオレたちのMSFの需要は膨らむばかりだ。戦争を食いもの(ビジネス)にしていけばこれから世界情勢がどう転がろうとオレたちは生きていくことができる。スネーク、あんたの不安も分かる。だがオレを信じてくれ。MSFは新時代を生き抜く賢い術なんだ」
「俺たちとは言葉も考え方も生き方も住む世界すら違うんだ、奴らとは」
「オレの言葉が信じられないか」
「カズ、そうじゃない」
 スネークは首を横に振った。なんだ、ちゃんと会話できるじゃないか。
「時代は常に移り変わるものだ。今は求められていたものが先の時代で忌み嫌われるようになることもある。ザ・ボスのように……」
 ザ・ボス。スネークの師匠であり特殊部隊の母と呼ばれた英雄だ。だが今はソ連に核を撃った犯罪者として歴史に名を刻まれている。そしてスネークは任務としてザ・ボスを抹殺した。その一連の出来事を、スネークは昨日のことのように覚えている。いや、忘れられないトラウマと言っていいだろう。ピースウォーカー水没後その想いも断ち切れたと言っていたが。
「あの時、ヴァーチャスミッションの時、ザ・ボスは俺の手を取ってはくれなかった。俺はまだ若すぎる、戦場に特別な感情を持っていないと。俺は未だに、戦場に特別な感情を持ち合わせていない。あの時俺が掴もうとしたのはバンダナだけじゃない、ザ・ボスへの未練だったんだ」
 カズはスネークのジョッキにビールを注いだ。酔いが回ってもうこれ以上考えなくてもいいように、辛い出来事を思い出さなくてもいいようにと。スネークは注がれたビールを勢いよく飲み干し、大きなゲップをした。酒臭い息が口から溢れ出る。だが酔いはスネークの苦悩を紛らわせてはくれなかった。
「オレは一度ビッグボスという名を捨てた。ザ・ボスを殺して得た穢れた名前、ストレンジラブにそう言われた。その通りだ。俺にはビッグボスの名はふさわしくない、その重みを背負うことはできない。そう思っていた」
「だがあんたはビッグボスとして戻ってきてくれた。傭兵の国の王として」
「ザ・ボスは最期に銃を棄てた。俺はあの人の死を受け入れなければならない。あの人を殺した罪を背負わなければならない。未練もバンダナとともに棄てた。俺は何物にも縛られない、裸の王になった」
 裸(ネイキッド)。スネークのFOX時代のコードネームはネイキッド・スネークだった。裸の蛇。スネークにとても似合ったコードネームだ。
「ザ・ボスは時代に殺された。俺たちもいずれはその時代と戦うことになる。どこかの国の、まだ見ぬ敵が、俺たちを襲ってくるだろう」
「だから戦うんだろ。そのためのMSF、そのためのメタルギア、そのための核だ」
「カズ、MSFは……長くは続かん」
「なにを、なにを言うんだ、スネーク」
 カズは思わず椅子から立ち上がった。カズにはスネークの言っている意味が分からなかった。頭がうまく回らない。悪酔いしているのは自分の方じゃないのか。
「ここを傭兵たちの楽園、天国の外側『アウターヘブン』にするって、そう言ったじゃないか」
「もちろん俺はMSFのために全力を尽くす。だがカズ、世の中には勝てない相手というのも存在する。あまりに強大で狡猾な相手にはこのMSFも潰されてしまうだろう」
 カズは怒りに任せてテーブルを叩いた。仕事中の冷静さは見る影もない。彼も獰猛な男の戦士なのだ。
「なに言ってるんだ。オレたちのMSFが負けるはずがない。規模をここまで大きくすることができたんだ。傭兵ビジネスも好調なんだ。それが潰されるなんて、あるはずがない」
「落ちつけカズ。俺はそれくらいの覚悟をしておけと言ったつもりだ。何事にも絶対はない」
 カズは椅子に座りなおし、酔い覚ましに水をコップ一杯注いで飲み干す。もはやこれが酔って気が高ぶったのか溜まったストレスが爆発したのか区別がつかなくなっていた。
「世界は効率よくできているんだ。必要なものは繁栄され、不要なものは排除される。俺たちもいずれは排除される側になる」
「共存することはできないのか。オレたちMSFと新時代の世界で……」
「向こうが許してはくれないだろう。世界を統制しようとする者たちは俺たちならず者を見逃してはくれない。狐が猟犬に狩られるように、今度は俺たちが奴らに狩られる側になる」
 カズは空になったコップを見つめて想像していた。オレたちのMSFが世界に戦いを挑むさまを、そして敗北を喫して逃げるさまを。考えるだけではらわたが煮えくり返りそうだ。そんなカズを、スネークは葉巻で一服しながら見つめていた。
「俺はこれまで多くのものを喪ってきた。もうこれ以上大切なものを喪いたくはない。MSFも、部下たちも、お前もだ、カズ」
 スネークは真っ直ぐカズを見据えてきた。カズにはスネークの強すぎる視線を裸の目で受け取ることができなかった。だからサングラス越しにその視線を交わす。自分の真意を隠すように。
「やはり辛かったのか、ザ・ボスを喪ったことが」
 カズはあえてザ・ボスのことに話題を逸らした。案の定スネークは目を伏せて感傷に浸り始める。その目は今度は遠く懐かしい思い出を見つめる悲哀の目になっていた。
「ザ・ボスは多くの言葉を俺に残してくれた。そのすべてを受け継ぐことはできなかったが、今もこの胸の内にはザ・ボスの言葉が刻み込まれている」
 スネークは自分の胸を強く叩く。いままで多くの戦いで傷つきくたびれた体だが、その内には未だ消えぬ想いが刻まれているのだ。
「”ボスは二人もいらない。蛇は一人でいい“」
「ザ・ボスの最期の言葉だな」
 カズにはすぐにわかった。スネークから何度も聞かされカズ自身も感銘を受けた言葉だ。
「俺はおそらく、一生かかってもこの言葉の真意を理解することはできないだろう」
 言葉の真意、か。単純に考えればザ・ボスとスネーク、生き残るのはどちらか一人だという意味だろう。だがザ・ボスがそんな簡単な考えを持っていたのだろうか。彼女には常人には視えていない、はるか先の未来まで見通していたのではないだろうか。その言葉の意味を、重みを、スネークは生涯思考していくことになるのだろうか。
「俺はこの手で多くの人を殺してきた。ザ・ボスを殺したのも俺だ。ヴォルギン、コブラ部隊、名も知らぬ兵士たち、たくさん殺してきた。その人殺しの罪を、俺は背負おう。贖罪なんてそんな甘ったるいことで許されようとは思わない。俺はこの罪を背負ってこれからも人殺しを続ける。その先に待つのは当然地獄だ。俺は地獄に逝くまで、いや、地獄の鬼にすらなる覚悟で戦い続ける」
「スネーク……?」
「俺は罰せられた蛇(パニッシュド・スネーク)になる。俺たちを排除しようと奴らが襲ってくるなら、俺は銃を取って戦おう。その戦いでたとえMSFを失うことになるとしても屈したりはしない。俺は必ず立ちあがる。一歩一歩踏みしめて前に進む。俺たちが立っている場所こそが天国の外側――”アウターヘブン“なんだ」
 カズはスネークの顔に、真っ赤に血塗られた鬼の形相を幻視した。スネークがやろうとしていること、それは贖罪でもなければ殺戮でもない、もっと人の奥底に眠るどす黒い感情だ。カズにはそれがなんなのか、わかるのはもう少し先の話である。




――作者コメント――

この小説は2015年7月14日にPixivにアップしていたものをnote用に微修正して投稿したものです。
もう6年前になりますか。この頃はまさにメタルギアソリッドVファントムペイン(MGSV:TPP)発売を間近に控え序章にあたるグラウンドゼロズ(MGSV:GZ)をプレイしまくっていた時期でありました。沸き立つ昂ぶりを原動力に脳内をメタルギアでいっぱいにして原作の作風そのままに書いた次第です。
この話自体はGZより前のピースウォーカー(MGSPW)エンディング後の時系列になります。
何分TPP本編発売前に執筆したものでして多少の齟齬はありましたが、これからサイファーと戦うことになるスネーク達の心情が表せたのではないでしょうか。
発売前のトレーラーを繰り返し見て、PVに使用された楽曲「Not Your Kind of People」を脳裏に流しながら書いていました。
タイトルの『目障りな存在』もPV内で歌詞を訳したものを引用いたしました。

他にもメタルギア関連の創作物をnoteのほうにも投稿していく予定ですので、お暇があれば読んでくだされば幸いです。

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