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スターになりたかった

語らせていただきます。

小学生の頃の夢はプロスポーツ選手になって有名になることでした。誰もが憧れるシンプルな強さを持ったスターです。大谷選手やイチローさんのようなスターです。

しかし21歳になった現在スターどころかヘンテコ大学生をしています。そして今からそんなスターにはなれません。20歳前後で西野さんを含むスターは結果を出しています。世の中で頭角を現していないということはその器はなかったということです。僕はちょっと陸上を頑張っただけです。

スターにはもうなりたくないのか問題

「なりたかった」の過去形では諦めたかのように聞こえますが、方向転換をしたということです。それは「支えつつも表舞台に立つこと」です。

大谷選手は世界でも注目の浴びる本物のスターです。隣には水原一平さんという通訳の方がいらっしゃいます。アメリカでは有名人となっています。そんな姿を見たときに、「同じ土俵で戦うことはできなくとも、同じ土俵に立つことは可能だ」と思いました。

西野さんと同じ土俵で勝負するのではなく、同じ土俵に立ち支えつつも仕掛けていくことは可能だと思ったんです!

なぜ変わったのか

中学時代に遡ります。今思うと人生のルーツはここにあったんだなという風に思いました。陸上部のキャプテンでありながらも結果を求めていました。同級生は5人。最初はみんなゲームの話ばかりで上を目指すなんて考えることすらできない感じでした。結果を求めようと言いまくった結果一人で帰ったり夏休みは家をあまりでた記憶がありません。

それでもやる気を出してくれた時にきつい練習をしないと上にはがれないことは明確でした。勝つために地獄のような練習を考えみんなで「死にそう」「吐きそう」(実際に吐いてました)って言いながら自分達をいじめていきました。結果はだんだんとついてきて、記録をチームメイトが出した時はめちゃくちゃうれしかったのを覚えています。

自分が考えたメニューをみんなでしてたわけなので、責任を正直感じていたことは事実です。それでも結果を出してくれたチームメイトはすごいですし誇りに思います。そんなこんなで気が付けば県大会で4位まで上り詰めていました。九州大会にも全国大会にも行けず悔しさが残る中4人は同じ高校に進学しインターハイを目指しました。結果としては九州大会に2度出場しインターハイには届きませんでしたが、ゲームの話ばかりしていたみんなが大号泣して悔しさをあらわにした時に頑張ってよかったなと思いました。

そう振り返るとキャプテンとエースの違いがよく理解できました。必死に練習をして個の力を上げてくれたみんながエースで方向性を示しただけの自分がそこにいたという感じです。

大学生になった今時々集まっては毎度同じ話をしています。そんな時にいつも「ゆうやのおかげだ」と言ってくれる地元の友達・チームメイトがいます。将来何だかんだいいながら集まっては同じ話をするんだろうなと思います。キャンプ場を作りたいと思うきっかけとして「こいつらと集まって話す場所をつくりたいな」と思ったのも一つの理由です。

(自分のやりたいことは次に書きます!)

地元の友達の自慢の友達でありたい、家族の自慢でありたいただそれだけです。その夢を叶えるにあたって必然的に上を目指していくわけですが、大きい会社に入れればいいわけでもなく好きな人と働きたいと思いました。西野さんは上を目指すどころか世界をめざしています。そんなすごい方と一緒に働けて一緒に上を目指せば僕の夢はすぐ叶います。西野さんのために働いて西野さんが世界のNISHINOになった暁には「俺の友達世界のNISHINOと一緒に働いてるんだぜ」そういってもらえれば誰が聞いても「うん。すごい」になると僕は思っています。

そんなこんなで、スターになれる器でもなければそんな才能もない。でも支えるだけでは面白くない(根が目立ちたがり)そうなると、「表に立ちながら後押しができる人間になる」これしかないなと思いました。

同じ土俵には立ちたいけど、全スポットは西野さんでいいんです。そして笑ってる西野さんを横目で「かっこいいな」って思いながら笑いたいなと思うからこそ、「スターになりたかった」ということです。

次回は「自分の挑戦したいこと」をかきます!


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