〈エッセイ〉忘れな草 vol.1
2020年春-
世間では新型の感染症ウイルスが発生し、
これまでにない不況に直面している。
そして国民は、感染予防・拡大防止の名目の元、自宅待機を強いられている。
私もその1人だ。
「人を幸せにしたい」「役に立ちたい」という想いで社会に出たにも関わらず、今こうやって自宅で文章を書き、誰からも見られずに昇華させることに、少し腹立たしい気持ちもある。
が、実際外に出たところで何もできない。
人を助ける知識もなければ技術もない。
ましてやウイルスに感染しないという保証もない。
私は今、正しい道を歩んでいるはずだ。
そう決めて、携帯でポツポツと文字を打つ。
そういえば「将来は小説家になりたい!」と考えていた時期もあった。
本を読むのが好きで、その世界に浸れることが好きで、
小学生の頃は授業中にまで読んでいたものだから
度々先生に叱られていたらしい。(通信簿に書かれていたそうだ。)
親にチクられたと考えているわたしは、今もあまりその先生が好きではない。心が狭いのだ。
さて、話が逸れてしまった。
わたしがこのエッセイを書きたいと思ったのは、
今もわたしにまとわりつく思い出を、なんとか昇華させたいと願ったからだ。
わたしはこの思い出とやらに、もう14年ほど悩まされている。
よく、嫌なことがあれば紙に書き出すと良いと聞く。
頭の整理がついて気持ちがスッキリするからだろう。
しかしわたしが抱く思い出は、決して嫌なことはではないのだ。
むしろ綺麗で、もろく、壊れやすい。この年齢でなければ、丁寧に扱っていきたいとさえ思う。
忘れたい、消したいのではなく、
わたしは昇華させたい。
この場に置いておきたい。
そして出来ることならば、
人生でふと迷った時、いまの自分で正しいのか?と悩む時、どうしようもないくらい落ち込んだ時、
わたしはここに戻ってきて、
「あぁこんなに自分は輝いていたのか」と思い出したい。
そんな都合の良いことがあるだろうか?
ドラマや映画で現れる、登場人物にとっての"隠れ家"や"パワースポット"のような場所にして良いだろうか?
それはきっと、今後のわたしの文章力に試されるだろう。
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次につづく。
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