盲目の芋虫達へ
最初に断っておきたいのが、これは侮蔑する言葉ではない。
むしろのその対極にあたる異常なまでの執着である。
愛されるほど、その愛を遠くにやろうとし、幸せを感じるほど、不幸を汲み取る生き物であることも頭に入れて置きたい。
要は抑えきれない、反発性こそが、生きる意志としても存在し精神を恍惚たる高みへと昇っていくのだ。
こうした破壊者こそが現代には必要だが、破壊者は滅んでしまったのだろうか?
行儀のいい苦虫へと成ったのだろうか?
悪しきサタンの囁きに苛まれ、生命の祝福さえ忘却の彼方に置きざりにした始末である。
羽ばたくことを忘れ、耐え忍ぶことを忘れ、進化を忘れたのである。
やることと言えば一日中蜘蛛の巣に絡め取られ、ぴぃぴぃと泣き悪臭の放つ触覚を自慢げに見せているに過ぎない。
ただ同情するなかれ、彼らは
「盲目の芋虫たち」だったのだ。
現代に於いて最も多く繁殖し、公害を撒き散らす一つの厄災なのである。
それは大魔王が1人ベルゼブブをも脅かす存在となる。
圧倒的な個体数を前になすすべはなく、緩やかに、蝕まれていくのを数十世紀の時をただ呆然と立ち尽くすことしかできないのであろうか、、、
このどうしようもない無理難題の回答を無理矢理にでもひねくりだしてみること
歩み続けることが使命ではないだろうか?
与えられた命題が真であるならば、異常であるのは城のように見える、偽りの美しさと呼ばれる方にある。
それに気づいた時、世界には悪勇神たる翼を携えた鳥人が高く高く虫を喋み
自らを退化させる。
膨張した宇宙の中で生まれる無から
音のない爆発で目覚めるように
私達は、それまでに這いつくばっていてはいけない、蜘蛛の巣から逃れ、身体を丸めるのだ。
それはルシファーの羽に憧れるのではない。
殻にこもり、孤独を愛撫するために、
新たな複眼を手に入れ、解釈の外側へと飛び立つために、
今だに答えは見つからない、もう遅すぎるのかも知れない、
ただ蠢く烏合の中で動かなくなる数匹をみるだけで、どうしようもない切なさと愛おしさがかすかな希望となり、こう囁くのだ。
「おまえはまだ目覚めないのか?」
と