優しさを感じた⁉︎『ニヤニヤ笑ってりゃいい!』
師匠に入門を許されてしばらく見習い期間。
いつ辞めても良いと言われて毎日、師匠のお宅に行っては、犬の散歩から掃除、
着物を早くたたむ、太鼓の手を覚える、噺を覚える…
自慢じゃ無いが覚えるのは苦手。落語もなかなか覚えない。やっと覚えてもすぐに忘れるので、
家に帰っては珍しく忘れないように覚書をノートに書いていた。
でも、いつもノートを見る訳にもいかない。
『何を見てるんだ?直ぐに覚えろ!』という事になるからだ。
毎日緊張した日々が続くので気晴らしにはお酒を飲んでいた。
いわゆる三道楽、飲む、打つ、買う、タバコは基本的に許された。
博打にはまって仲間に借りを作ると自然と楽屋に居られなくなる。買う、女は自分が責任を取れば良い。酒、タバコは堂々とやるな。やるなら隠れてやれという教えてであった。
『車の免許は持ってるのか?』
『一応持ってます!』
『ペーパーか?』
『はい!』
『しょうがないな…』というので運転は任されなかった。
直ぐ後に入ってきた弟弟子はずくに運転手になった。
私はいつも師匠のそばにいられて羨ましく思ったが、そんなに良いものではないと後で弟弟子に聞くと運転手でなくて良かったとも思う、たらればです。
そのうちにカバン持ちで師匠の後に付いて行くのですが私は助手席で師匠が運転。せっかく師匠を独り占め出来るのに何も喋らず、何も聞かず、いつも様子を伺っていた。
そして
とにかく二日酔いがバレないようにしていた。もちろんそんな前日は深酒はしないようにしていた私でしたが、その後にアルコール依存性になってしまんだから情けない。
今は断酒を続けているがなぜ前座時代は辞めなかったのか⁉︎
そのうちに噺も三席覚えて、着物も畳めて、太鼓もある程度覚えて、鞄持ちも慣れて来たところで、
師匠から
『次の芝居から楽屋に入れるからな!』
『はい!有難うございます。』
『とにかく、ニヤニヤ笑っていればいいから!』
『え⁉︎』…てっきり厳しい事を言われると思っていたので拍子抜けした。
『しくじったら、謝ればいいから。とにかくニヤニヤしてろ!』
と半分笑いながら言うので
私も半分笑いながら、
『はい、わかりました。』
緊張する私が一瞬和らいだ時だった。
私にとって師匠の笑顔は不思議な力がありますが、
楽屋に入ってなるほど、ニヤニヤしているのは難しい事に気がつかされたのでした。