山ガールとトンネル
れいゆ大學③⓪ 山ガールとトンネル
国会での野田佳彦の弔いの演説は日本人的な感情に訴えかける浪花節として分かりやすいが、山上徹也のテロルもやはり日本史に深く刻まれる出来事である。さらにもうひとつ、ここに堀本和歌子の記者会見を並べたい。堀本はある種の魔女であり、その存在を蔑ろにしてはならない。会見前のテレビニュースの電話インタビューで経緯を説明してしまう様子からして、堀本は《素直な悪魔》として大衆の前に現れている。記者会見では、挨拶やお辞儀をする前に長々とノートパソコンを見ており、しかもメーカーはASUSだった。市民の税金によって活動する地方政治家らしく、彼女が持つノートパソコンはAppleではなく安価なものだった。そうして口を開いたとき、彼女は自らの罪や異常な行為についてではなく、安倍晋三暗殺から物語を始めた。個別の問題を大きな視点で語るのは天才型の異能者の話し方である。彼女はまるで自分が突き止めて調べたかのように解説する。統一協会に苦しめられた山上徹也が安倍元首相を銃撃し、それによって統一協会と自民党系政治家との癒着や、被害者が数多くいることが改めて明らかになっていった現在の流れを語り出す堀本。自分の行いを正当化しているのとも何やら違う雰囲気が醸し出される。
ビラのなりすましをしたわけだが、なりすますのはまさに統一協会のやり方である。彼女はなりすましに対してなりすましという秘策をしたつもりなのだ。相手の新開ゆうじという政治家にしても、自民党議員のときに統一協会と癒着したのち、さらなる新しいカルトである参政党に鞍替えした人物だ。新開は声楽家で喫茶店マスターでパティシエでもあるという漫画のキャラクターみたいな人物だ。なのに、いったい何を目指しているというのだろうか。当世は政界のすべてが、なりすましで満たされてしまっている。しかし最も会見で気になったのは、彼女が山上徹也のことを「ある方」と言っていたことだ。名前は出していないことも含めて、何か信奉に近い敬意が滲み出ているように感じられた。確かに山上が世の中の動きを変えたのだ。山上は昔ながらのテロリストにならざるを得なかった哀しきダークヒーローであるから、神聖視する人がいるのは当然だ。かつて恋人のペニスを切断し、殺めた阿部定に、作家の坂口安吾や舞踏家の土方巽は心酔した。三島由紀夫はどうだろうか。市ヶ谷駐屯地に立て籠もり、自衛隊幹部をカタナで斬りつけ、遥か年下の森田必勝を道連れにして自決し、快楽のナルシシズムをまとって演劇的に果てた異常者である。しかし、三島由紀夫を崇拝する者はかなり多い。悪党を描いた芸術は古来より好まれ、日本では殺人事件を描いたテレビドラマが毎日昼間から放送されている。右翼や左翼の活動家や、倒錯的な状態にある人物だけでなく、もっと無軌道な悲劇の事件さえも、自分が当事者から遠いならば娯楽にするのが人間の心理というものだ。河内音頭の「津山三十人殺し」にしても、講談や時代劇の「忠臣蔵」にしても、山本直樹が「RED」として漫画化した連合赤軍にしても、まるでフィクションのような悪党はいつでもフィクション的に日常に姿を現す。ピカレスクに強い慕情を抱くのは普通の感情だ。ここで、山上徹也を「ある方」と表現する堀本和歌子は「山上ガールズ」なのではないかという仮説を立てる。堀本は山上に恋をしたので、小川さゆりさんのような人に嫉妬をした。小川さんは山上ガールズではないのにである。堀本は小川さんも山上ガールズではないかと錯覚し焦り、異常な行動に出てしまったのだ。…これは私の暇潰しの妄想に過ぎないだろう。そしてさらに隠されたヒントがある。山上ガールズは、略して山ガールなのである。山ガールは20年前くらいに流行ったファッション用語である。「森ガール」が森にいる妖精みたいな美少女みたいなフワフワした服装をした女性であることに対して、「山ガール」のほうはもっと現実的なものだった。森ガールは深い森で寝泊まりや食料確保をできないが、山ガールは装備が華やかなだけで登山家に変わりないのである。虚像でしかない森ガールと、実像の機能的な山ガール。堀本が山上ガールズというのは、そうでなかったら名誉毀損になってしまうかもしれない妄想だが、現実を生きる《山ガール》であることは確かだ。
昭和20年の終戦、GHQ支配、そして岸信介60年安保から続く、戦後日本という巨大な《山》。自由民主党や統一協会という巨大な《山》。その形而上学的な山を登る、山上徹也と山上ガールズ。 新開ゆうじは自民党時代、統一教会発案による韓国と日本を海底で繋ぐ韓日トンネル計画に関わっていた人物だ。この日本では高度成長期や、また田中角栄政権時代において、山に穴を開け、トンネルを掘り、列島に道路が繋がっていった。しかし、新開は海底にトンネルを掘るというのである。北朝鮮と韓国の統合よりも前に、韓国と日本を海のトンネルで繋ぎたいと考えた一人だった。山ではなく、海に穴を。まさに新しく開く有事である。トンネルを掘り、もっと。山ガールはトンネルを通らない。新開。君の名は。昔は長く連れ添って旦那より力が強くなった奥さんのことを山の神と言った。山上ガールズ、山の神。山上徹也も、奥さんに尻に敷かれるような生活を送れたらいいと願う。しかしそれは堀本ではないだろう。堀本和歌子は山上ガールズではなく山ガールであり、その名が示す通り、百人一首系のトリックスターなのだから。