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自己紹介

おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。

noteを本格的に始動させるにあたり
さっそく自己紹介をしようと思ったのですが、
24年間生きてきた自分について話すなんて
ずいぶん長くなる気がします。
先に謝っておきます。
申し訳ございませんでした。
眼精疲労にじゅうぶんお気を付けのうえ
引き続きお読みいただけますと幸いです。

基本プロフィール

八木優羽亜(24)

八木 優羽亜(ヤギ ユウア)
2000年6月22日14時29分
東京都生まれ
24歳

ふだんはモデルとして活動しています。
10歳から文章を書き始めて
大学時代は小説・詩・短歌・エッセイなどを
学んで、創作していました。


◆名前


クリエイター名として表示されているので
あとさっき書いたので
もう薄っすら、いやガッツリお気付きの方も
いらっしゃると思うのですが……改めて、

八木 優羽亜」と申します。
ヤギ ユウア」です。

優しい羽でアジア(亜細亜)を包み込むように
そんな想いがこもった名前です。

あまり頻繁には見かけない名前で
下の名前が読めない、としばしば言われます。
(わたしは自分の名前を気に入っています)

その代わり苗字が簡単で覚えやすいです。
画数も少ないですし、ほぼ左右対称。
消しごむハンコとか作りやすいです。
学生時代はヤギ! メェ〜メェ〜などと
からかわれることも多かったです。
(わたしは自分の苗字も気に入っています)

◆性格

最近はMBTI診断の流行もあって
自身の性格を伝えるハードルが
幾分か下がったように感じます。

わたしのMBTIですが、
INFJ-T(提唱者型)です。

性格診断の質問に答えるのが好きで
しつこいくらいに何度もやっているのですが、
毎回かならずINFJです。

何か本を読んだり映像作品を観たりすると
考え方や自分の性格まで変わったような気がして
やはりその度にMBTIを調べるのですが
INFJ以外出たことがありません。

内向型×直感型×感情型×判断型の
理想主義者とのことですが、
自分でも理想が高いなぁと感じることが多いです。

たとえば……
3つタスクがあるとしたら、5つ達成したい! みたいな
+αまでこなしたい! みたいなところがあります。

個人的には血液型や星座などの占いも好きで
けっこうよく見ているのですが、
それと併せてMBTIについて考えるのも楽しいです。

ちなみに、
血液型:A型(去年初めて知りました)
星  座 :かに座           

です。

自分的には全て納得の結果ですが
いろんな方に「ぜったい内向タイプじゃない」と言われ
母には「A型なんて信じられない」と言われます。
いったいぜんたい、周りの皆さんにはどんな
破天荒人間に見えているんでしょうか。

雑談

えっ、ここで雑談タイム? と思った方。
すみません。雑談をさせてください。
ここまで自己紹介を書いてて感じたのですが
情報をつらつら並べるより、ちょっとした
雑談をするほうが人間性がわかるような気がしませんか?
なので、わたしの人生のスタート地点にから
と言っても物心がついたあたりから話していきます。

◆保育園時代

八木優羽亜の記憶の始まりは保育園。
具体的には、
保育園で一番モテていたまーくん(仮名)という子が
鼻の穴にビー玉を突っ込んで取れなくなり
大泣きしている様を呆然と眺めているところからです。
子どもながらに「なにしてんだ」とか考えていました。
この頃ちょうど韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』と
『大奥』にどハマりし、すっかりテレビっ子になりました。
ごっこ遊びでは、紅白帽の赤の面を使って
吐血シーンを熱演したりして
同じクラスのお友だちを困惑させていました。

◆小学校時代①

その後、小学校に入った頃から
八木優羽亜の人生は動き始めます。

八木優羽亜が入学した小学校はすこし変わっていて
行事のたびに生徒全員で創立100周年記念に作られた
オリジナルサンバ(?)を踊らなくてはいけません。
曲のサビでは全員が輪になって
「みんな集まれ、ダンスしよう」と熱唱し
足を強く踏み鳴らし、拳を突き上げ
ぐるぐる回るという不気味な振りが付けられています。
当時は嫌々やっていましたが、八木優羽亜は
これがきっかけで本格的にダンスを始めます。
八木優羽亜のサンバ(?)を見た母が
ダンススクールに入れたためです。
そこから現在まで17年間、ダンスを続けています。
ちなみに、なぜサンバ(?)と表記しているかというと
あれはとてもサンバと呼べるものではないからです。
サンバと音頭の間にある、異次元のジャンルなのです。

◆小学校時代②

小学校時代にもうひとつ、八木優羽亜にとって
大きな出会いがありました。
文章を書くことです。
きっかけは5年生のときでした。
八木優羽亜の通っていた小学校では
5年生と6年生で宿泊行事があるのですが、
わたしは健康上の理由で参加できませんでした。
みんなが群馬県でお泊まりしている間、
八木優羽亜は教室でテーマ自由の
作文を書くことになります。
ひねくれキッズだった八木優羽亜は
「大人が気に入りそうなものを書いてやろう」と企み
混み合った病院の待合室でおばあさんに
席を譲るという内容の作文を書きました。
おばあさんに声をかけるときの緊張や
席を譲った後の心情などをていねいに表現しました。
どれも全部嘘っぱちだったのですが、
区の作文集に掲載され賞状を貰いました。
ふーんと思って、そこからずっと
こうして文章を書いています。

◆中学時代

中学時代の八木優羽亜はずっとぼーっとしていました。
初めて芸能事務所に所属して、芝居の勉強を始めます。
(この事務所さんには10年間お世話になりました)
何か創作のヒントになるかな〜と思って
夢日記をつけ始めるのですが、
きゃりーぱみゅぱみゅさんが高尾山の頂から麓まで
でんぐり返しで下るとか、ヘンテコな夢ばかり見ていました。
坂元裕二さんが好きになったのもこの頃で
わたしの4畳半の部屋には坂元さんコーナーがあります。

◆高校時代

高校時代の八木優羽亜もぼーっとしていました。
自分の身長くらいある細長い練り消しを作ったり
プチピタゴラスイッチを作ったりしていました。
体育の授業を見学しまくっていて、
毎回の見学レポートに短い小説を書いていました。
先生には「見学レポートは小説書くやつじゃないからね」と
言われていましたが、懲りずに書き続けていたら
5段階中4という成績をもらえたので、よかったです。

細長い練り消し

今後について

現在はアルバイトをしながらモデルをやっていますが
文章も書いていきたいのでnoteを始めました。
書き溜めた小説やエッセイがたくさんあるので
ここで公開していけたらいいな、と目論んでいます。
ちょっとこれ面白そうだな、という気楽な感覚で
読んでいただきたいので、価格は自販機で売ってる
飲み物くらいの設定でいこうかなと思います。
なかには値段なんてつけられないような稚拙な文章も
あるので、そういうものはもちろん無料公開します。

各SNS

SNSにあまり向いていないことを自覚しつつ
あらゆるSNSに手を出しているので
もしよかったら覗いてやってください。

引き続きよろしくお願いいたします。
八木優羽亜でした。

◆Instagram

https://www.instagram.com/yuua_yagi/

◆Twitter(現X)

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