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普遍の意匠学 〜 プロ野球を例に
幼い頃から、わたしはスポーツにおける意匠に関心を抱いてきました。特に、日本のプロ野球の意匠には深く関心を抱いており、その分野の第一人者である綱島理友さんの書籍を手に取ったり、そういった分野に関心を持つ同世代の方と議論を深めたり、あくまでも趣味の範疇ではあるものの、わたしなりにおもしろさを感じてきたつもりです。
日本のプロ野球において、「伝統的な意匠」を挙げるとしたら、やはり読売ジャイアンツと阪神タイガースは外せません。
読売ジャイアンツの場合は、胸の「GIANTS」という花文字の胸マークは球団創設当時からのものです。今年からビジター・ユニフォームがグレーをより強調した配色に変更されましたが、これは1953年に行われたサンタマリア・キャンプ以前の伝統色(=紺とグレー)へのトリビュートといえます。
阪神タイガースの場合は、胸の「Tigers」と左袖の虎マーク、そしてホーム・ユニフォームにおける縦縞が球団のアイデンティティーといえます。特に、前者ふたつは阪神電鉄のデザイナーであった早川源一さんが球団創設時にオリジナルでデザインしたもので、球団名の由来となったデトロイト・タイガースやかつてこのチームが採用していた縦縞とも異なる、オリジナルの意匠です。
80年以上の歴史を持つ球団ですから、時代や使用の過程で若干形が変更されたり、逆に元の形に戻されたり、よく見ると多様な変遷を遂げています。読売ジャイアンツの花文字は2006年にアディダスとのコラボレーションによって新書体へと変更されたこともありましたし、阪神タイガースも戦後しばらくは縦縞や虎マークのないユニフォームを使用していました。しかしながら、プロ野球ファンの方のみならず、ジャイアンツやタイガースの名前を聞いたすべての方が想像する選手の姿は、おそらくこれらの意匠が存在するユニフォームです。
メジャーリーグを例に挙げるなら、ニューヨーク・ヤンキース、ボストン・レッドソックス、ロサンゼルス・ドジャースなどは特に思い浮かべる方の多い球団でしょう。きわめて完成度の高い意匠を長きにわたって使い続けたからこそ、普遍的なデザインとして慣れ親しまれるようになりました。
90年代以降、日本のプロ野球とメジャーリーグのスタイルはかなりの隔たりが生まれ始めました。特に、1950年以降に誕生した新規参入球団、あるいは球団売却や合併などで誕生した新球団において、必ずしも伝統的な価値観や“お約束”に捉われないデザインが登場し、ファンを驚かせてきました。
福岡ダイエーホークスが誕生した時は、三宅一生さんのデザインによるガッチャマンヘルメットが話題になり、近鉄バファローズが大阪ドーム(現在の京セラドーム大阪)へ移転した際に発表された新ユニフォームではコシノヒロコさんのデザインによって生み出された大胆に赤を取り入れた配色、三色以上を用いた背番号などが話題となりました。
現在も、染色技術や印刷技術の発達により、あらゆるデザインが不可能ではなくなりました。10年以上前に倉敷のデニム柄のユニフォームを取り入れた際は海外のニュースに取り上げられるほどの反響を呼びました。あれから10年が経ち、千葉ロッテマリーンズや埼玉西武ライオンズの涼しげなアロハユニフォーム、エルパソ・チワワズのチワワの顔面が大写しになったユニフォームが当たり前のように受け入れられている様を見ると、もはやイベントの奇抜なユニフォームが日常的な光景になったのかもしれません。
ただ、広島東洋カープが2009年からのユニフォームを変更し、赤一色のビジター・ユニフォームや背中に血飛沫のようなラインを取り入れたホーム・ユニフォームを採用した時に寄せられた反響、千葉ロッテマリーンズがプリントから刺繍に戻した時の反響を見ると、ファッションには人の数だけ様々な好みがある中で、一定のボーダーラインがあることがわかります。
特に、千葉ロッテマリーンズは1995年にボビー・バレンタイン監督の就任とフリオ・フランコのダメ出しであらゆるデザインが変更されて以来、2000年代中盤にバレンタイン監督が新撰組をモチーフとした法被のような意匠を取り入れたユニフォームが溢れかえったことはありましたが、基本的には黒と白の「Mマーク」をメインとした縦縞のホーム・ユニフォームを使用してきました。途中で袖のマークがなくなったり、背番号や背ネームのフォントが変更されたり、ピンストライプの太さが変わったりなど、細かな変更が施されたこともありました。とはいえ、ひとつの象徴となっているのは確かで、吉井理人さんが就任して以来、二軍はファーム・ユニフォームを着用するといった変更が行われましたし、特にこのホーム・ユニフォームに力を入れている様が伺えます。
最初に例に挙げた、阪神タイガースもそうですよね。2022年に登場した現在のユニフォームは、あらゆる要素が的確に纏め上げられ、歴史上におけるまさに“決定版”といえる仕上がりです。このユニフォームのファンのひとりとして、数十年にわたって使い続けられることを願います。
読売ジャイアンツは、サプライヤーの変更もありますが、この10年で数えきれないほどの変更が加えられました。基本要素が変わらないので目立ちませんが、さすがに背ネームの廃止とビジターユニフォームとマークの変更は賛否両論を呼びましたよね。今後、この流れが落ち着くのか、あるいは更なる変更が加えられるのか、どちらにせよ注目しましょう。
不変による“普遍”はマンネリズムとの向き合いでもあります。商業的に考えると、定期的に変更を加えた方が、確実に「新しいデザインが欲しい!」という方の購買意欲を煽るわけで。あらためて、自由なキャンバスではなく、数々の制約の中でより良い意匠をつくるために試行錯誤されているデザイナーに敬意を表したいと思います。
2024.10.4
坂岡 優
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