受付嬢京子の日常⑤
「原田さん、今日時間あるかな」
インフォメーションのリーダーである斎藤友美がきゅっと口角を上げて笑う。正統派アイドルのような顔立ちだ、と声をかけられた原田京子は毎度、思う。京子達が働くのは、駅直結の商業施設だ。1日3万人の人が行き交う。インフォメーションはシフト制だ。友美との早番が久しぶりで、京子はほっとしていた。早番であれは夕方6時半には仕事が終わる。
「ココエにできたワインバー行ってみたかったんです」
京子は満面の笑みを浮かべている。友美もつられて笑う。何度か飲みに行ったことがある。そこでワインを頼んでいたのは、友美の方だ。ワインバーが出来るのを知って、自分を思い出してくれていたのかもしれない、友美は思う。
「牛肉のたたきが美味しいらしいよ」
友美が返事の代わりに言えば、夜の予定は決まりだ。京子が周辺の店舗に目をやると、10日前に入ってきた新人の沢木佳奈が出勤してくるのが見えた。受付嬢は、私服で出勤し、インフォメーションの後ろにある部屋で着替える。沢木佳奈は、ガーリーな洋服が好きなんだなぁとベビーピンクのコートを見ながら思う。
「おはようございます」
はにかむように笑う佳奈は25歳だが、少女のような雰囲気がある。頼りなく見えるが、丁寧で堅実。すぐに店舗の場所も覚えて案内もスムーズだ。どこかで受付経験があるのかもしれない、と京子は考えている。一緒のシフトになったら休憩中に聞いてみよう、そう思っている。同じく遅番の山﨑美奈子の姿が見えた。引き継ぎが終われば、昼休憩だ。
「お疲れ様です。斎藤さん、ちょっといいですか」
マネージャーの木嶋悟だ。なんでもない顔をしているが、そんな日ほど、クレームの話だったりする。京子は周りを伺うふりをして、2人から2歩ほど離れた。リーダーは、駅周辺の施設を統べる会社の社員だ。駅は毎日12万人が利用している。インフォメーションも京子がいるエキモだけではなく、駅の4階にもある。自分とは全く関係ない話の場合もあるのだ。と、言うより今回もそうであって欲しい、と京子は顔を崩さないようにしながら、心の中で祈る。何事も起きずにずっと働けたら、それでいい。
京子は、考えているうちに胃のあたりが痛いような気がしてくる。
「お疲れ様です」
制服に着替えた佳奈が出てきて、京子はほっとした。考えないでおこう、とすればするほど、頭から抜けない状態だったからだ。
「制服、似合ってるね」
声をかけると、佳奈はまたはにかむ。なんて可愛い生き物なんだ。沢木佳奈は、守ってあげたくなる女子代表だ、と京子は見つめた。