中世のハッカーとお姫様
黒猫娘は、また人を訪ねていく。
新しく来たお姉さんが、あんたは少し休んでなさいって、鬼さん達の看病を引き受けてくれたから。
話を聞きたい人は沢山いるのにと零したの。そうしたら、なら尚更、今行っといで。そんで明日もお休みだって。
なかなか暇にはならない。どんどん忙しくなるから今のうちだって。
今度は、やせぎすの男の人。気難しいって聞いてたけど、話を聞きたいって言ったら小さく笑って、口を開いた。
もう、押し黙る必要もないって。
【太陽王の名でお馴染みのあの御方。
世間知らずのお妃様と一緒に大変な有名人。
《国庫を食い潰した》
それは本当??】
にゃあにゃあ、にゃあ。
男の人は、やはりその話かとため息混じりに、語り始める。長い長いお話。
とてもとても複雑怪奇、まるで喜劇か戯曲か。語り終えた後、男の人はゴホッと一つ、咳をする。
それは 嘘 だって。
元々、そんなに贅沢できるお金は、無かったんだって。
国王さまの趣味ときたら錠前弄り。
とてもじゃないけど、深層のお姫様には響かない。
それにそもそも、そのお姫様は来るはずじゃなかった人だって。
《お姉ちゃん達が美しく賢く育ったから》
《他の子がたくさんいたから》
《何故か『そのお姫様』だけ、必要なことを教えてもらっていなかった》
宮廷での作法も振る舞いも社交辞令も。
渦巻く嫉妬や羨望の末の陰口や噂話も。
生き抜くために必要な戦う術を持ってはいなかったって。
沢山ひどい言葉が、出ては消え出ては消え。
「王様は、冷たい錠前は開けられても、生身のソレは無理なようだ。」
「そう言っちゃ可哀想よ。あんな知性のない《異国の 》を相手にしろなんて、お気の毒」
くすくすヒソヒソわいわいアハハハハ。
男の人は、そこで、ふうと息をつく。
笑い声を出すのは、久しぶりで疲れるだって。まるで妹みたいなことを。
ごめんなさいって鳴いたら、謝られた。
謝罪はいいから、ひとつ答えてはくれないかと、頭を下げられた。
「君だったら、この悲劇は何が原因だと思う?」
男気のない王か。お妃さまになっても学べなかった姫か。周囲の貴族か。両家の先代か。愚かな民衆か。
捲し立てる男の人が、かわいそうで、つい人の姿になった。
人の言葉で、返したかったから。
猫が人になっても驚かない。こういう人の前では、臆する方が失礼だと、ママはいつも言っていた。
「どれか一つは選べない。だって、全部を二人に押しつける前に、出来たことは…」
男の人の瞳に、力が宿った。
「そうだその通りだ!王家の粛清の前に民の飢えを無くし貴族の腐敗を消せば、」
「ううん、違う。もっと前。」
ぽかんとした顔。まるで、一所懸命に読んでた本の最初が抜けてたと言われた、子どもみたい。
告げたら、信じられないという顔をされた。彼の口から出た言葉はとても乱れていて、しゃがれ声は半分も聞き取れなかった。
だけども、意味はわかる。
【何故そんなことを思いつける。キミは何者だ。】
思わず身構える。そういう言葉は好きではないから。どうしてそんな風にしか聞けなくなるのかしら。
喧嘩をしたいわけじゃない。落ち着いた声を出せるように、拳をぎゅっと握りしめてから、ゆっくり口を開く。
「私が、生まれ育った、国では。」
ひとつ、息を置いた。
異なる文化を話す時は、いつだって何が起こるかわからない。覚悟はしておけよって、むかし教えてもらった。
だけど、この人は知りたがっている。
この瞳は、怖くはない。
「疱瘡を超えて生き残れる幸運が、加護の主として役割を得た。」
立ち上がった男の人。今度はガクンと膝をついた。
そのまま丸くなって、嗚咽が響く。子どもじゃない大人の男の人の泣き方。声を殺して、それでも抑えきれない音だけが、こだまする。
「…ごめんなさい。泣かせたいわけじゃなかったの。」
首を振られる。違うのかしら。困って頭に手をやる。払いのけられはしなかった。
ママがするみたいに、背中をとんとんと撫でながら、昔うたってもらった唄を、うたう。
細い声で、静かに唄う。
《For every evil under the sun...……》
噛み締めていた声が、少しずつ大きくなる。こういうところも、何だかあの子に似ている気がする。
この男の人も、いっぱい抱えていたのね。
お疲れ様でしたの気持ちを込めて、もう一度頭に手を置く。
(もう、背負わなくていいから、許してあげて)
(多くの掛け違えと不幸の連鎖を、断ち切る勇気を持った人)
(貴方自身を、許してあげて。)
後書き
《もし、なければ、気にしないこと》
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