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SNS、いかに「怒り」の感情と距離を置くかが大切な気がしてる

SNSを使うにあたって、昔はあまり意識できていなかったけれど、今はかなり気を付けるようにしていることがある。

それは「怒り」の感情をSNSに持ち込まないようにするということ。

毎日穏やかな自分でありたいと思いつつ、現実にはリアルでもネットでも色々なことが起きて、感情には波がある。

もちろん、感情が波立っているような時にSNSを見ないようにすることが大切ではあるのだけれど、まずはSNSを見ていることで発生する「怒り」から、遠ざかっていたい。

一番気を付けているのは、怒りの感情をSNSにぶつけている人を視界に極力入れないようにすること。

細かな出来事についての不満をSNSで語ってしまうくらいは仕方ないよねと思うけど、投稿する度に何かに怒っているとか、政治とか社会問題によく怒っている人を、なるべく見ないようにしている。

過去にフォローしていたアカウントで、頻繁に色々なことに怒っている投稿をしていて「またなんか怒ってるな~」と思っていたら「天気予報が当たらない!」と怒っているのを見た時はさすがに笑ったけど、やっぱり怒り続けている人を見るのは気持ちのいいものではない。

怒っている当人だけでなく、怒っている投稿をリポストして拡散しようとする行為も、視界に入れないような工夫をしている。

リポストしている人は怒りの投稿に共感しているのか、そうではないのか、ただ問題提起したいくらいの気持ちでやっているのかは知る由もない。

SNSが楽しい全力だった頃は、色々な投稿を見ることが出来て勉強になるのかも…?という気持ちもあったけれど、正直な話どのような意図であっても怒りの感情の拡散行為はありがた迷惑だ。
だから、今はそういう行為をしているアカウントとも距離を置くようになっている。

そして、怒った投稿を当人がしていなくとも、自分が見ていて怒りに近い感情を抱いてしまうアカウントとも、距離を取る努力をしている。

相手が怒っていないのに自分が怒りの感情を覚える要因は、自分でもデータ化できていないので、こういう投稿が無理!という文章が出てこないのがもどかしい。

例えば、ずっとエアリプで会話し続けてるとか、書いてる内容(話題)が自分の気に触ってしまうとか、文章のクセとか語尾のチョイスが気になってイライラする…みたいな感じが該当するんだろうか。

相手が怒っていない分、自分のキャパシティの狭さのようなものを責めてしまう時もあった(主にSNSに疲れている時)。

だけど、現実世界で知らない人が怒鳴っていたらさっと離れるし、自分には合わない話をいっぱいしてくる人がいたら距離を取る。

なのに、ネットの世界に入った途端、自分の興味のない話もちゃんと受け止めなきゃいけないみたいになるのは、やっぱり違う。

だから、なるべく穏やかな気持ちでSNSを楽しむためにも「怒り」の感情からは全力で離れておきたいのだ。

今は、おすすめ機能のあるSNSも多くて、自分の見たくない投稿が視界に入ることも多々ある。
だからこそ、私はおすすめ機能のないSNSに滞在することが増えたのだと思うけれど、それでも感情を揺さぶられそうになる投稿が視界に入ってしまうことはあるのが現実だ。

ミュートなどの非表示機能は活用しまくってるけど、どうしてもミュート設定ではカバーできないものもあるからね。

それでも、少なくとも自分が怒りをSNSにぶつけてしまわないように、自分と合わないと思ったものには全力で距離を取りながらSNSを楽しんでいきたい。


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