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儲かるサステナビリティ経営:3つのポイント
25年に渡り「儲かるサステナビリティ」を推進してきたサステナビリティ経営専門家の磯貝友紀です。今回は「儲かるサステナビリティ」を実現するためのポイントについて解説したいと思います。
環境なくして社会なし、社会なくして経済なし
3回に渡って、3つのサステナビリティの個別課題を扱ってきました。一つは気候変動と食料価格の問題、二つ目は従業員のウェルビーイングと生産性の問題、三つ目は土壌汚染と食料生産性の問題、です。
こうした個別事例を通じて、サステナビリティ、すなわち、環境や社会の問題が、私たちの経済活動にどのような影響を与えるのか、具体的なイメージを持っていただけたのではないかと思います。今日は、こうした具体例を抽象化して、なぜ、企業がサステナビリティを考慮しなくてはいけないのか、考えてみたいと思います。
『牛肉価格の高騰から見えてくる、気候変動の経済への影響』でも説明したように、私は、環境・社会と経済の関係を「親亀・子亀構造」で説明しています。環境、社会、経済というのは、親亀である環境の上に、子亀である社会が乗っていて、子亀である社会の上に、孫亀である経済が乗っている、つまり、私たちの経済は、環境や社会に依存しており、「親亀こけたら皆こける」、そんな関係性にあるのだということです。
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出典:PwC Japanグループ、坂野俊哉・磯貝友紀著、2021年、『SXの時代』日経BP
ですから、気温が上がって牛が死んだり、土壌汚染で農作物の生産量が減ったりして親亀(環境)が傷ついたり、人々が働き過ぎで疲れ果てるなど子亀(社会)が傷ついたりすると、翻って、牛肉価格が上がったり、生産性が落ちたりして孫亀(経済)が傷つくことになるのです。
サステナビリティ経営を進める3つのドライバ
しかし、多くの人にとって、「理論ではわかった、でも、未だに気候変動や多くの環境問題はどこか遠くの問題で、実際に牛肉の値段が上がるまで、自分事として危機感が沸かない」という人も多いのではないでしょうか。
しかし、そうもいっていられないのが、このサステナビリティの問題なのです。全ての企業がサステナビリティを自分事として捉え、経営に組み込んでいかなくてはならなくなる、ドライバが存在します。
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出典:著者作成
一つ目のドライバ(上記図①)は、先程来、説明している親亀・子亀の動きそのもの。メガトレンドと言われるものです。このトレンドの中で、特に企業が考えなくてはいけないのは、(i)災害の甚大化、(ii)原材料の枯渇(無機物も有機物も)、(iii) 顧客、従業員、サプライヤーの様々な権利意識の向上、の3つですす。気候変動による牛肉価格の高騰や、土壌汚染による農作物生産量の減少は、(ii)に当たりますし、ウェルビーイングと生産性の問題は(iii)にあたります。
二つ目のドライバ(上記図②)はステークホルダーからの圧力の強化です。メガトレンドの変化を受けて、国連、規制当局、金融機関、一般の人々など、企業を取り巻くステークホルダーが、環境・社会の問題をしっかりと考慮しているのか、企業に要請を突きつけ始めています。こうしたステークホルダーの圧力に、多くの大企業は、上記(i)(ii)(iii)の問題を理解していようといまいと、対応せざる得ない状況に追い込まれつつあります。
三つ目のドライバ(上記図③)は、顧客企業からの圧力です。多くの日本国内のB2B企業にとって、幅広いステークホルダーの動き、すなわち、国連の動きも、金融機関の要請も、消費者の要請も、どこか遠くの動きに感じられるかもしれません。しかし、国内外の大企業が、本質的に理解していようといまいと、サステナビリティ対応を迫られつつあり、環境・社会への対応をサプライヤー企業に対し要請するようになり始めています。
このように3つのドライバにより、本質的な理解をしていようといまいと、全ての企業がサステナビリティを考慮した経営を行わなくてはいけない状況に追い込まれています。
サステナビリティ活動の選択と集中を進める
しかし、本質的な理解をしていない企業の多くが、間違ったサステナビリティ対応を行っている、といわざるを得ません。間違った対応を行っているから、効果がない。効果がないから、ますますやる気を失う。こうした負の連鎖が生じている企業を多く見かけます。
本質的な対応、すなわち、「自社の将来財務に影響のあるサステナビリティ課題」に対する対応に、企業は希少な資源を集中すべきでです。世界は課題に溢れています。すべてを解決することは企業には不可能ですし、そもそも企業の役割ではありません。各社が、自らの事業の存続=サステナビリティに重要となる、親亀・子亀(環境・社会)の問題にしっかりと対応することの集積が、ひいては世界全体のサステナビリティ(環境・社会・経済の存続)につながっていくことでしょう。
では、「自社の将来財務に影響のあるサステナビリティ課題」かどうか、どのように見極めることが可能でしょうか。
少し脱線しますが、私は、いろいろな国でサステナビリティ・ビジネスの推進にかかわってきましたが、その際に、いわゆるサステナビリティ先進企業と呼ばれる欧州企業の方と一緒に仕事をする機会に恵まれました。こうした欧州のサステナビリティ先進企業は2000年代初頭から、途上国でサステナビリティ・ビジネスを推進しており、多くの予算と人を投入し続けていました。これだけの予算と人を投入するからには、単に社会に良いことだからやっているのではなく、何らかのビジネス上のメリットがあるはずだ、そのビジネス上のメリットとは何なのか、意思決定はどのようになされているのだろうか、と私は強い関心を抱いていました。
こうした長年の欧州企業との対話から生まれた仮説を検証した結果、3つの重要なポイントがあることがわかりました。
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出典:著者作成
一つ目は、現在のサステナビリティ活動が、どのように未来の財務リターンにつながっているのか、その因果の道筋(パス)が明確であるということ。基本的に、いわゆるサステナビリティ企業と呼ばれる企業の経営陣は皆、そのサステナビリティ活動が、企業にとって何の意味があるのか、最終的にどんな財務リターンにつながるのか、そのストーリーを語ることができるのです。私はこのパスを「インパクトパス」と呼んでいます。
二つ目は、「未来の稼ぐ力」という概念が挟まっていること。「未来の財務リターン」といっても、2-3年後のリターンではなく、10年、15年先のリターンですから、算術的に計算して財務リターンが出てくるという種類のものではありません。そこで、重要になるのが「未来の稼ぐ力」という概念です。サステナビリティ活動は「未来の稼ぐ力」を社内に蓄積するものである、「未来の稼ぐ力」が社内に蓄積されるのだから、「財務リターン」にもつながるのである、という考えです。「未来の稼ぐ力」という概念は、「コンピーテンシー」にも近い考えですが、例えば、「人材力」「調達力」「ブランド力」といったものが挙げられます。
三つ目は、「未来の財務リターン」の中に、"Cost of inaction"、すなわち、「対応しなかったら、生じていたかもしれないコスト」が含まれていることです。サステナビリティ活動は、将来的に、「売り上げを伸ばす」、「コストを減らす」ことにつながるものも多くありますが、「やらなかったら生じるコスト」が非常に重要になるのです。この"Cost of inaction"を考慮に入れていないと、「サステナビリティはコストばかりかかって、リターンがない」と感じてしまうのです。
一番わかりやすい例は炭素税ですよね。今、対応しなければ、炭素税が導入された際に、xx円のcost of inactionが発生する、これは明確で多くの企業が考慮に入れ始めていると思います。少し確度は落ちますが、サステナビリティをやらないと、良い人材が採用できず、その結果、トップラインが落ちたり、インシデントが起きてコストが増えたり、さまざまなcost of inactionが想像しえます。また、いつまでも二酸化炭素をもくもくと吐き出してビジネスを進めていると、重要な顧客を失ってしまうかもしれません。原材料生産を行う農家を支援しなくては、気候変動で調達が危うくなることも想定できるかもしれません。
このように、Cost of inactionまで考慮することで、このサステナビリティ活動をやるべきかどうかを判断することが可能になります。Cost of inactionまで含めて検討した結果、やめるべきサステナビリティ活動も明らかになるでしょう。どうしたって財務リターンにつながらない、国もしくはNGOがやるべきことを企業が一生懸命やっている例も散見されます。「未来の稼ぐ力」を間に挟んで、”cost of inaction"まで含めてインパクトパスを明確にすることで、「このサステナビリティ活動は何のためにやっているのか」ということが明らかになるだけでなく、「やめるべきサステナビリティ活動」も洗い出すことが可能になります。
このようにして、サステナビリティ活動の選択と集中を進めることが、「儲かるサステナビリティ」を実現するために重要な一歩となるでしょう。