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親の労働時間が子どもの命に与える影響~子どもの自殺増加の背景を探る~

25年に渡り「儲かるサステナビリティ」を推進してきたサステナビリティ経営専門家の磯貝友紀です。先日、厚生労働省は、警察庁の自殺統計を基にまとめた2024年の自殺者数を公表しました。小中高生は527人で、前年に比べ14人増え、統計を取り始めた1980年以降で過去最多となりました(Yahoo!ニュース)。今日は、このニュースを基に、子供の自殺と労働時間の関係について、考察してみたいと思います。

子どもの命が問いかける、企業の本当の責任

サステナビリティ経営が目指すものは何でしょうか。それは、地球という限界の中で、すべての人が豊かで、便利で、快適で、幸せな生活を送れるような社会を作ること。そのために、企業は、自社のコンピーテンシーと社員の能力を最大限に活かすことで、効率的・効果的に価値を生み出し、翻って、しっかりと儲けにもつなげていく。そのようなポジティブ・スパイラルを生み出すことが求められます。

社員の能力を最大限に活かすためには、社員が生き生きと、やりがいを持って仕事に向かうことが重要です。パーパス経営や人的資本経営は、一人の人間である社員の個性や人生を尊重しながら、企業にとっても最大限のメリットを引き出す、重要な考え方ですし、働き方改革は、そのような理念を具体的な施策に落としこむ、大切な取り組みです。パーパス経営や人的資本経営は、サステナビリティ経営と表裏一体の考え方でもあります。

大人が、自身の人生を生き生きと生きていたら、子どもも生き生きと暮らせる可能性が高い。今回の、「子どもの自殺が過去最多」というニュースは、私たち大人の社会のゆがみの反映ではないか、その後ろには、「人を活かす」サステナビリティ経営が十分に機能していないという現実があるのではないか、そのような思いから、本稿をしたためました。

サステナビリティ経営は、地球と人間と経済が調和した豊かな未来を希求するものです。私たちの未来である子どもたちを絶望から守るために「サステナビリティ経営」の一環としてできること。数字も伴いながら検証してみたいと思います。

大人の自殺率は、失業率と相関し、2009年以降、徐々に減少

子供だけでなく、大人も含む自殺者数の総数は、1998年に急増し、一気に3万人を超え、その後2009年まで横ばい、その後、徐々に減少して、ここ数年は1970年代と同等程度の2万人程度となっています。

1998年はバブル崩壊、山一証券の倒産などの続いた年ですし、2007年のリーマンショックが大きく経済を揺るがし、その後、多くの人が職を失いました。そこで、下のグラフに示したように、自殺率と失業率を比べてみると、その増減は完全に一致することが見て取れます。大人の自殺は、経済、失業を原因とするものがおおいということが推察できます。

日本の自殺率と完全失業率
出典:総務省統計局および厚生労働省のデータに基づき筆者作成

子供の自殺死亡率は、2009年以降も徐々に増加

2009年以来、日本全体の自殺率が、徐々に減少してきたのに対して、こどもの自殺は徐々に増加しています。上述したように、2024年の小中高生の自殺数は527人で、前年に比べ14人増え、統計を取り始めた1980年以降で過去最多となりました。下のグラフからもわかるように、自殺死亡率も、2013年には4.9程度だった自殺死亡率が、2023年には7.5に増加していることがわかります。(40-59歳の自殺率も2020年前後から増えていますね、、、)

バブル崩壊やリーマンショックといった危機的状況が去り、(経済が回復したとはいえないものの)失業率は減少し、それなりに安定した経済状況が確保された、ということは、大人の精神状態が安定し、子供にとってもプラスの効果がありそうに思いますが、反して、こどもの心を苦しめつづけているものは何なのでしょうか。

年代別の自殺死亡率
出典:厚生労働省自殺対策推進室 警察庁生活安全局生活安全企画課
「令和5年中における自殺の状況」

子供の自殺死亡率と、大人の労働時間は相関する

その理由としては、受験のプレッシャー、SNSの普及による新しいいじめ、コロナ禍の影響など、様々に考えられますが、興味深いのは、大人の労働時間との関係性です。サンプル数が少ないのですが、G7+韓国の、子供の自殺死亡率を縦軸に、大人の労働時間を横軸にとって、各国をプロットすると下記のグラフのようになります。相関分析を行うと、相関関数は0.67、正の相関が見られます。

私の感覚からすると、カナダの労働時間と自殺死亡率が高いこと、イタリアの労働時間がアメリカと同等レベルという点が意外でしたが、その他は概ね、感覚通りの結果です。

労働時間の長い国は、大人の余裕がなく、子供と過ごす時間も少ない。子供にとって安定した家庭環境が確保されず、自己肯定感を育てることができず、いじめや受験などの外部プレッシャーへの耐性が弱まり、自殺が増える、という背景が透けて見えます。

お父さん、お母さんは、家に帰って子供と遊ぼう

以前のNote記事「限られた労働時間で、経済成長を実現するために私たちがすべきこと」でも取り上げましたが、日本は、無駄な仕事が多すぎます。誰も見ない役員会議の資料の添付資料の数字の検証に徹夜したり、会議の直前までフォントや図表の位置を確認したり、それって、子供を一人家に置いてまで成し遂げなくてはいけない仕事でしょうか?

こういうと、必ず、「俺が若い頃は、死ぬほど働いて仕事を覚えた」「働き方改革を進めて、日本の競争力が落ちる」という反論をしてくる50代以上の男性が沢山いますが、全くもっておかしな話です。50代以上の男性達が、死ぬほど働いてきた、その結果が今の日本です。日本の競争力を弱めてきたのは、働き方改革ではないことはあきらかです。

それに対し、「限られた労働時間で、経済成長を実現するために私たちがすべきこと」でも指摘したように、1980年頃まで、オランダと日本は一人あたりのGDPがほぼ同じだったにもかかわらず、45年後の今、オランダは、労働時間を減らしながら、日本の倍のGDPを達成しています。働き方改革と経済発展は両立可能なのです。「一生懸命働く」より「賢く働く」ことの方が何倍も重要なのです。

哀しい現実ですが、私たちが身を粉にして行っている仕事の中で、本当に意味がある仕事ってどれくらいあるでしょうか。人の命を預かるお医者さんなどは別にして、その仕事を徹夜してまで行う必要があるような、そんな重要な仕は、ほとんどないのではないかと思います。

この記事を読んだお父さん、お母さん。パソコンの前を離れて、家に帰って子供と遊んであげてほしい、そのことが、翻って、自己肯定感の高い子供を育むことになり、そして、近い未来、彼らがイノベーションの源泉となり、新しく日本経済を牽引していってくれることでしょう。

補足①富裕層の子供の方が自殺率が高い

この記事の基になった、子供の自殺死亡率と労働時間の相関分析について、SNSで発信したところ、教育関係の方から面白い反応をいただきました。少しはしょって紹介すると、このような内容でした。

子供の自殺死亡率と労働時間が相関するという分析は、教育に携わる者としての感覚としても合致します。他方、労働時間が長い、にも2通りあり、感覚的にではありますが、豊かな家の長時間労働の方が自殺率高めであると感じます。

筆者SNSに寄せられた感想より

「豊かな家の長時間労働の方が自殺率高め」というのは興味深い視点です。なぜ、「豊かな家の長時間労働の方が自殺率高め」なのか?私見ですが、私は以下のように考えています。

給与が高い仕事は「①他の人にできない価値を生み出す仕事」、と、「②現在の資本システムを維持するために存在する、それほど面白くないけど、資本主義という仕組みのおこぼれに預かれる仕事」「③資本主義のおいしいところを徹底的に吸い尽くす仕事」、の3種類があると思います。失礼なので、あえて具体例は出しませんが、年収1500-5000万の仕事の多くが②に、年収5000万ー3億くらいの仕事が③に当てはまるように思います。

そして①の人が、労働時間と収入が比例せず、自由に、生き生きと仕事をしているのに対し、②の人は一生懸命、長時間、定年まで働き、③の人は若い間は命を削って働き、早めに引退する人が多いように思います。

ごく一部の③の富裕層の人たちはハウスキーパーを雇ったり、子供を全寮制の学校に入れたり、圧倒的経済力を利用して家庭を維持しています。

他方、中程度の富裕層の多数が②の仕事についていると考えられます。彼らの多くは、人間性ややりがい、自分らしさと引き換えに一定以上の給与を得ていますが、多くの場合、疲れ果て、家事・育児と仕事との両立に苦戦しているように思います。この世帯の子供の自殺率が高い、という、上記の教育関係者の方の肌感覚、理解できるように思うのです。

マルクスのいう労働者の疎外はブルーカラーの労働者だけでなく、知的労働者の間でも生じており、このことが、子供の自殺の多さと関係しているように思います。

「俺は自分の仕事にやりがいを感じてる。仕事に命をかけているんだ」と憤慨される方もいるでしょう。個人の価値観を否定するつもりはありませんが、それは、子供の未来よりも重要な仕事なのか、という点はもう一度考えてみてほしいと思います。

補足②イタリアのデータは本当なのか

イタリアの労働時間が1700時間を超え、1680時間の日本より長いことに違和感を感じます。まったく根拠がないので、その前提で読んでほしいですが、イタリアの労働時間の統計が適当、もしくはみんな働いていないのに働いていると申告するとか、そういうことではないでしょうか。もしくは日本の労働時間が少なく計上されている可能性も否定できません。

日本の方は、統計データの数字に対する信頼性がとても高いですが、私自信は、一次データが圧倒的に欠けている現場を見てきたので、世銀や国連、国のデータなども信じていません

そういう頼りない一次データに基づいて経済予測をし、その経済予測に基づいて経営計画を立てる。砂上の楼閣の上に、さらに砂上の楼閣を積み重ねるような作業で、その数字を徹夜してまでぎりぎり詰めることに意味を感じられません。ですから、スケール感がわかるとか、方向性がわかるとか、そこそこの数字で終わりにして、もうお父さん、お母さんは家に帰って子供と遊んでほしいと、改めて主張して、この回を閉じたいと思います。

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筆者紹介:

民間企業や世界銀行、外資系コンサルティングファームなどで、25年間、サステナビリティ・ビジネス、Good Growthを国内外で推進。環境にも社会にも良い事業で、ちゃんと儲ける、新しい資本主義のあり方を実践。経営xサステナビリティx哲学の融合を目指す。

2024年8月からエンゲージメント投資ファンドにてChief Sustainability Officerを務める。著書に『必然としてのサーキュラービジネス 「利益」と「環境」を両立させる究極のSX』、共著に『SXの時代 究極の生き残り戦略としてのサステナビリティ経営』『2030年のSX戦略 課題解決と利益を両立させる次世代サステナビリティ経営の要諦』(いずれも日経BP)。

東京大学哲学科卒業、東京大学哲学修士課程修了。


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