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限られた労働時間で、経済成長を実現するために私たちがすべきこと

ジャパン・アクティベーション・キャピタルでチーフ・サステナビリティ・オフィサーをしている磯貝友紀です。今回は、サステナビリティの中でも「S(社会)」に関する課題、働き方の問題について書いてみました。

働き方改革だけでは十分ではない

日本の長時間労働や過酷な労働環境、猛烈な働きぶりは国際的にもよく知られています。体を壊すまで自分を追い詰めて仕事をし続ける日本人のメンタリティや社会的圧力は海外の人には理解できないのでしょう、海外メディアなどで日本の働き方が特集されることもしばしばありました。「過労死」は英語にすらなっていますね。他方で、「企業戦士」という言葉は、もはや過去のもので、「働き方改革」や「コロナ」を経て、ここ数年、以前に比べて日本でも、働き方が随分、改善されたと実感されている方も多いのではないでしょうか。

日本の働き方が改善されつつあるのは素晴らしいことなのですが、働き方だけ変えて時短しても、社会全体が変わらないと、単に経済力の低下を引き起こすだけだ、と私は思っています。経済成長と両立する、むしろ経済成長を推し進める働き方改革を成し遂げるためには、「無駄を省く」合理性が必要になります。今日は、働き方改革と経済成長を同時に実現してきたオランダと、日本を比較し、何を学ぶことができるか、考えてみたいと思います。

思い返してみると、「働き方改革実行計画」が発表されたのは2016年、①長時間労働の是正、②同一労働同一賃金の実現、③多様な働き方の推進、④仕事と生活の調和、⑤生産性の向上、⑥企業の取り組みの促進、⑦男女共同参画の推進、⑧育児・介護支援の強化、⑨健康経営の推進、の9項目が掲げられました。

これを受けて、2017年にプレミアム・フライデーが導入されましたね。月末の金曜日を「プレミアム・フライデー」として、早めに仕事を終わらせ、余暇を楽しむことで、消費を促進し、生活の質を向上させようという試みです。飲料メーカーが昼飲みを打ち出したり、いろいろな「余暇を楽しむ」キャンペーンが張られましたが、明るいうちから飲酒したり、そもそも余暇を楽しむ習慣が薄い日本には浸透せず、あっという間に、なくなってしまいました。

しかし、2020年、新型コロナウイルスの蔓延により、リモートワークが急速に広がり、その副産物として、「働き方改革」が急速に推し進められることになりました。大企業を中心にデジタル化が大きく進み、私たちは、働く場所や、働く時間帯を柔軟に選択することが可能になりました。自宅から働くことが可能な仕事も増え、子育て世代の選択肢が増えたり、環境の良い郊外や地方で仕事をする新しい働き方が広がり始めました。

その一方で、「仕事の総量は変わらないのにどうするんだ」、「結局は管理職が作業を巻き取って何とか終わらせている」「このままだと企業は競争力を失う」という管理職の人たちの不満の声も聞こえてきます。本当のところ、どうなのでしょう。働き方改革、時短をしながら、成長することは可能なのでしょうか?

30年で生産性が日本の2倍になったオランダ

オランダは、ヨーロッパの中でも労働者の立場が強く、労働者に配慮した企業経営が早くから浸透した国の一つです。オランダの大手企業であるフィリップスやシェルは、コロナ禍よりはるか以前、1990年代からリモートワークや在宅勤務などのフレキシブルな働き方を進めていました。

また、私は2002年から2006年まで、オランダで仕事をしていたのですが、当時から時短や同一労働同一賃金、ワークシェアリングなどが当たり前でした。

例えば、週に3日しか働かないパートタイムを選んでも、給与が3/5になるだけで、フルタイムと単価は同じ、社会保険や様々な福利厚生も同じ条件が享受できます。日本に比べてパートタイムになることの経済的デメリットが圧倒的に低いですから、家庭の事情や価値観によってパートタイムを選ぶハードルがぐっと減りますね。ですから管理職であっても、一人の仕事を2人のパートタイムのマネージャーが分担して担当する「ワークシェアリング」がごく当たり前に実施されていました。

じゃあ、経済成長はどうだったのか?2つの国を比較してみましょう。

日本とオランダの一人あたりのGDPを比較してみると、1990年頃は、20,000ドル程度で、ほぼ同じでした。ところが2023年になると日本が約50,000ドルなのに対して、オランダは80,000ドル、日本の1.6倍に達しています。それに対して平均労働時間は、日本で年間約1,700時間、オランダで約1400時間、日本の労働時間はオランダの約1.2倍です。つまり、オランダは、同じ時間で日本の倍近いGDPを生み出しているということです。

オランダと日本の一人あたりGDP比較
出典:OECDデータベースを元に筆者作成

パレート最適:効果的な80%に集中する

どうしてこうしたことが起こるのでしょうか?なぜオランダでは、少ない労働時間で、自由な働き方を享受しながら、生産性を高めていくことができたのか?他方で、なぜ、日本の管理職の人たちは、働き方改革による恩恵を十分に感じることができないのでしょうか。

これは、「パレート最適」の考え方を応用するととても分かりやすくなります。パレート最適は「80対20の法則」とも呼ばれますが、成果の80%が努力の20%から生まれるという考え方です。つまり、プロジェクトやタスクを80%程度の完成度まで達成するのは比較的効率的で短期間で済むことが多いですが、さらに90%や100%に近づけるためには、残りの20-30%の部分に多大な時間やリソースがかかるということです。

日本の完璧主義が、多大なリソースをかけて100%の成果を出そうとしていることは、皆さんも日々の仕事で実感されていることと思います。誰も見ない役員会議の資料の添付資料の数字の検証に徹夜したり、会議の直前までフォントや図表の位置を確認したり。電車は寸分狂いなくドアの開口位置に止まりますし、それが30センチずれると次の日のニュースになるような始末です。

私がコンサルタントになった時に一番びっくりしたのは、エクセルをクライアントに納入する際には、カーソルをA1のセルに戻してから保存しなくてはいけない、というルールです。クライアントがファイルを開いたときに、カーソルがA1にあると見やすい、という素晴らしい気づかいですが、こうしたことを積み重ね、最後の20%を追い求めすぎて、徹夜をしたり、週末作業が発生するくらいなら、80%で満足するれば十分なのではないかと思いました。

それに対して、オランダは、最後の20%は切り捨てて、80%の成果を、少ない労働時間でどんどん出し続けています。フォントなんて誰も気にしないし、数字も大体あっていればいい。私はオランダで家を購入した際に、弁護士(?司法書士だったかもしれません)が作ってくる家の登記書類の名前や、日付、金額が毎回間違ってくるのに驚いたことがありましたが、それは極端な例だとしても、オランダでは、「人間は間違いを犯すもの」、「完璧じゃなくても本質があっていればOK」という基本的な姿勢があります。日本では1円の帳尻を合わせるために10万円の人件費を平気で使っていますが、それはオランダ人からすると全く非合理な判断なのです。

「人間は間違いを犯すもの」ですから、自動化やロボットの導入も早い時期から進みました。ロッテルダム港では、自動化されたクレーンや無人運搬車(AGV:Automated Guided Vehicles)の導入が1990年代から始まり、現在では物流の多くがデジタル管理と自動化技術によって最適化されています。これにより、効率的で安全な物流プロセスを実現しており、労働力の負担も軽減されています。間違いが起きるのは、労働者が怠けものだからではない、経営者が適切な投資をしていないせいだ、というわけです。

80%の成果で満足して、労働力を効率的に使っているばかりか、さらにデジタル化や自動化をどんどん取り入れ、さらに少ないインプットで同じ成果を出そうとしてきたオランダが、今や日本の2倍の効率で経済価値を生み出しているのもうなずけますよね。

ここからに学びは、単に労働時間を減らすだけではダメだということ。最も重要な80%に労働力を集中させ、完璧をあきらめて、ミスに対する許容力を上げる。非効率なことを省くことと、労働時間を短縮するという組み合わせが必要なのです。

自らの購買力を活用して社会を変える

時短した上で、貴重な残りの時間をどうでもいいことに使い続けていると、当然、生産性を下げてしまう、つまり経済成長と両立しない方法での働き方改革になってしまいます。現在の日本では、無駄が切り捨てられていないのに時短を進んているために、働き方改革の推進の一方で、「仕事の総量は変わらないのにどうするんだ」、「結局は管理職が作業を巻き取って何とか終わらせている」という管理職の人たちの不満につながっているのです。

では、どうしたらいいのか?オランダと日本は文化が違うと諦めそうな気持ちになってしまいまずが、私の提言は「自らの購買力を活用せよ」です。

クライアントのニーズに応えないとビジネスを失ってしまうかもしれませんから、さすがの私も、クライアントに向かって「最後の20%に時間をかけても意味がないので、これくらいで満足してください」と面と向かって言うことはできません。

しかし、私自身がクライアントであるとき、サプライヤーの方に、「もうここから先は、そこまでしていただかなくていいですよ」、と言うことはできますよね。

私も投資家の立場にたって、コンサルタントに仕事を依頼する機会が増えましたが、本質に関係のないフォントを整えるために残業するくらいなら、「その時間、家に帰って子供と遊んであげてください」と言える、そんな顧客でありたいと思います。フォントが統一されていなくても、生み出されるGDPは変わりませんから、その分、ぐっと短時間当たりのGDPが上がり、そのうえ、コンサルタントの方のライフ・ワーク・バランスは改善され、その方の家族もハッピーになるのです。

これこそが「個人個人が有する購買力を使って社会を変える方法」です。そして、最近、どの会社も取り組みを進めている「サステナブル・サプライチェーン・マネジメント」の本質はここにあるのです。この点は長くなりますので、次回以降に譲ることにしますが、日本社会は労働環境、働き方に関しては「お互いの首を絞めあう」傾向があります。

自分の購買力を使って、完璧主義の縄を緩めることで、自分自身も働きやすい、許容力の高い社会が生まれてくる、そしてそのこと自体が、日本の時間当たりの生産性を上げていくことにつながっていくのではないでしょうか。




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