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ラジオ裏方の記録
2021.01.29 21:00 ― ”keep the beach” on air終了―
とうとうミキサーの活動が終わってしまった。
しばらくの間、ラジオスタジオで放送ができないとなると少し寂しい。
アルバイトではあったが、2年弱、毎週生放送に携わらせてもらったことはいい思い出になっている。思い出どころか財産になっている。
昨今は、音声メディアが普及して誰でも簡単にパーソナリティになることができる。だからこそ、スポンサーがついている番組の生放送をスタジオでしていることに誇りを持っていたし、ミキサーというポジションはあまり知られていないから「レアだな」なんて思っていた。別に自分が大きなことを成し遂げたわけではないんだけども。
それでも、自分にとってかなり収穫のあった2年弱だった。
今までにどんな発見や出来事があったのか、後から見返してニヤつく用として、印象深かったことをnoteに書き起こしてみようと思う。
▼どうしてラジオ局でアルバイトを始めたか
これは完全にシタゴゴロからだ。
発信サイドに回れば番組メンバーの一員になれるし、憧れていたスタジオで仕事ができる、タレントさんに会える、本来リスナーは聴くことのできないCM中の音だって聴ける、自分の声が放送にものる … 他にも沢山あった。
高校生の頃からラジオを聞き続けた自分にとって、「スタジオでラジオ番組の生放送に携われる」というのは一つの憧れで、そんな体験ができるならお給料を貰わずともやりたいと思っていた。
▼緊張感が緩むことはなかった
自分が携わらせてもらったのは「ミキサー」というポジション。放送中にCMやBGM、曲を流したりする。担当していた番組はすべて生放送だったので、自分が間違えると放送事故に直結する。どんなに放送の中身が充実していても、自分のボタンの押し間違いで一発だ。それに、放送の枠が決まっているので、時間の制約も厳しい。初めの頃はテンパってミスしてばっかりだったし、放送中はずっとドキドキしていた。2年弱もミキサーを続けたので生放送には慣れたが、緊張感なく放送をしたことは一度もなかった。というより、できなかった。自分のアルバイト史の中で唯一、惰性で乗り切ることがなかった仕事だったと思う。
毎回緊張に悩まされたように感じるかもしれないが、実際にやっていてよかったことの方が多かった。
▼スタジオでの番組視聴
目の前でパーソナリティの喋っている姿を間近で見ることができたのは、ミキサーならではの特権だったと思う。スタジオ内の視覚情報も入ってくるし、CM中に会話したり、裏話だって聴けちゃったりする。放送日は毎週一回の楽しみになっていた。
▼普段会えない方々との出会い
ありがたいことに、プロスポーツ選手や大企業の社長さん、アリーナMC、国民的アイドル、アナウンサー、歌手,,,,様々な業種の人がパーソナリティやゲストとして出演していたので、一緒に仕事をすることができた。業界の前線に立って活動している人は魅力的だった。その人達の話は新鮮で、熱量があって面白い。気づけば聴き入っていた事が多く、興味の幅はグンッと広がった。
また番組では、挨拶や業務的な会話だけで放送が終わるケースも多かったが、普段会えない人と接する機会が多くあっただけに、自分の対人感覚がバグってしまった。自分はもともと、権威性のある方と会うと緊張しやすかったのだが、ミキサーを始めてから人に物怖じすることが無くなったなくなっていった。
▼失敗にビビっていた
ぶっちゃけた話、アルバイト中に大きなミス、つまり放送事故を起こしてしまったことがある。詳細はここには書かないが、小さな確認ミスで、ここまで大きな自体になってしまうのか、と恐ろしくなったことは覚えている。それもあって、ミスを恐れてなんでもマニュアル化し、パターン化された行動をとるようになっていた。「放送事故を起こさないことも大事だけど、パーソナリティや番組を引き立てるのもミキサーの役割の一つだよ」とアドバイスをしてくれたディレクターさんの言葉は今でも覚えている。かなり刺さった。例え無害であっても、魅力に感じてもらえなければ飽きられてしまう。そんなのめちゃくちゃ悔しい。これに気づかされてから、失敗を恐れながらもまずは試してみるようになった。
▼放送はチーム戦である
自分が思うに、ラジオはバスケようなチーム戦であったと思う。パーソナリティとミキサー、アシスタント、ディレクター、はがき職人のチーム戦だ。もちろん、スポンサーやリスナーもブースターや観客として大切な存在だ。
放送中、テンポよく話が進まないと聴き心地は良くないし、話のオチがきれいに決まったとしても、ゲストの反応が薄かったり、効果音がかからなかったりするとイマイチ盛り上がらない。だから、シューターの欲しいところにパスを出すべきだし、チームメイトがシュートを決めたら喜び、外したらリバウンドを狙う必要がある。(僕は何度もミスプレーをフォローしてもらった(笑))チームプレーがミソなんだと思う。僕も話のオチに合わせてSEを入れたり、話題の変わり目にBGMを入れたり、あえて大声で笑ってその声を放送にのっけてみたり…色々と工夫はしてみた。フィードバックがあったわけではないから効果がどれ程あったかはわからないが、シュートを決めたり、チームメイトにゴールアシストできたと思えた瞬間は(観衆を沸かせたと思うと)かなり気持ちよかった。
前までは観客として、シュートにしか注目をしていなかった。だがプレイヤーも経験したことで、「今日このチームはどんなチームプレーをするのかな?」なんて、新しいラジオの楽しみ方もできるようになった。
▼長年の謎が解けた
「バナナマンのバナナムーンGOLD」を高校性の頃から今に至るまで聴き続けられた理由がわかった。正直、その番組より喋りの面白いラジオもあるし、聴く曲も増えるし、良質な音声コンテンツは他にも溢れている。それでも毎週聴いてしまうことが長年の謎だった。だが、いざ答えがわかると、それは単純明快であっけないものだった。答えは「パーソナリティと番組のファンだったから」。そんなの前からわかっていたことだし、何度も聞いてきた事だ。数年間かけたからこそようやく腑に落ちた。地方ラジオ局でアルバイトをしていたからこそ腹落ちしたんだと思う。認知よりも、有益さよりも、目新しさよりも、その人のファンであることが一番強かった。自分だけが感じられるちょっとしたプレミア感が心地いい。
シタゴコロ全開で始めたミキサー活動だったが、楽しむ以上に多くの気づきがあった。実際ここまでアルバイトが充実したのは、ラジオ局のスタッフさんはじめ、パーソナリティの方々、リスナーさん、スポンサーさんがいたからだった。「本当にありがとうございました。」
卒業してもスタジオには顔を出したいし、できることならまた放送に携わりたい。