【読書】定着と離職のマネジメント
私も卒業生の一人であるが、リクルート出身の人はリクルートが好きである人が多い。そう考えるとリクルートとはとにかく社員をファンにすることが上手な会社であると思う。
多くの人が、退職した後も「リクルートではこうだった」と過去の会社のエピソードを誇らしく社外の人に語るということをよく見かけるが、そんな状況はよく考えるとちょっと異常かもしれない。
他社の人からしてみると、少々暑苦しいというか、気を悪くさせているのではと思うくらいである。
今注目されているエンゲージメントという文脈においても非常に興味深い。
エンゲージメントは会社も本人もどちらも貢献し合っているという双方向の関係であるため、会社側がいくら好待遇を用意して貢献しようとしても片手落ちなわけであるが、前述のように、社員が会社のことが好きで、退職後ですら周囲に語ってしまう、というのは非常に高いエンゲージメントが実現できていると言えるだろう。
リクルートはとにかく採用に力を入れているイメージが強いので、元々やる気がある人間が入社しているという側面も確かにある。
だけども、実際のところリクルートを辞めた後に、別の職場ではイキイキとできない、成果が出せないというケースも多々あることを考えると、私はそもそも人が優秀だからというよりも、リクルートという環境がその人の能力を引き出すメカニズムを持っていたという側面が大きいと思う。
少数精鋭のコンサルファームならまだしも、大企業のリクルートは、むしろ普通の人を、入社した後に夢中で仕事に向かわせてしまう、全力でコミットさせてしまう仕組みが非常に優れている会社だというのが実態に近いのではなかろうか。
そのような感覚を、曽和さんが人事のプロの視点で論理的に解き明かしてくださっていると思うのが本書であり、経営者や人事の方がお読みになると、別にリクルートという個別のケースとしてではなく、社員を夢中で仕事に向かわせる仕組みの背景にはどのような思想があるのか、それを体系的に人事の施策に落とし込むとはどういうことなのかのヒントがあるのではないかと思う。
この本は「定着と離職のマネジメント」というタイトルになっている。
このタイトルにまさにリクルートの他社との根本的な人事思想の違いが反映されているように感じるのだが、リクルートの人事の特徴は、ある程度年次が経った社員が一定数、自然と退職していくようにマネジメントをしているという点にある。
一律に離職を防ぐ、離職率を下げようというわけではない。むしろある程度の離職を歓迎し、一定数の離職があるようにすること。ここが私が改めて根本的に異なる思想ではないだろうか。
いわば外資系の競争が厳しい会社のように結果的にUP or Outに近いことを実現しているわけだけれど、いわゆる能力がない人を下から一定数リストラしていくという形ではなく、本人がこれから先を社内でキャリアを積むことと、社外で新しい可能性を試すことを天秤にかけて、外に出たほうがいいと自然に決断していくように人事制度を整えているというところが秀逸である。
リーマンショックの際などに雇用調整もしているので、例外はあるにせよ、基本的には皆前向きに自分の判断で自発的に辞めていく。そして辞めた人間には手厚い退職金や卒業後の人的ネットワーク、社会的評価などがあり、実際に活躍している先輩も多数おり、まったく退職がネガティブな印象になっていない。この状態を時間をかけて構築してきたというのは他社にない大きな財産であると思う。
基本的には社内で更に上のポジションを担える人は、会社に残るインセンティブが働くようにできているので、優秀な人も一定数辞めていくけれども、上のポジションを担ってくれる優秀な人材も足りなくなるということはなく、それ以上に、滞留して不活性化してしまう可能性のある人材が自然に抜けていくことで、下からどんどん抜擢人事ができるし、降格もできる。
さらには新卒、中途で新しく会社に魅力を感じて入社してくれる人ができる。新鮮な血が常に巡っている状態というか、新陳代謝を非常にうまく行っているということが社内を元気に、エンゲージメントが髙い状態を維持させている大きな要因になっているのだろう。
比較して、日本の大手企業を中心に、終身雇用を行ってきた会社は、環境変化で必要なスキルや経験が変わってしまうと非常につらい。どうしても中堅以上の社員の存在が組織を停滞させてしまう。社員もずっとこの会社で働くつもりで入社しているので、非常に施策が打ちづらく苦しくなってしまう。
リクルート自身、元々雑誌を発行していた会社で薄く紙を印刷する技術とか、駅店舗やコンビニ、書店などのリアル店舗で情報誌を流通させるネットワークなどを強みとしていたそうだ。それがインターネットの時代になって強みが陳腐化し、求人誌をリクナビに変える等ネットビジネスへ移行し、そして近年もまた急速にテクノロジーの会社に変化してきている。
あらゆる業界で変化適応力が必要な今の時代、社員と会社の関係は、ある意味依存し合わないライトな関係がヘルシーであるように思う。
お互いに対等でその場その場で相互に貢献し合える時には残り、そうでないときは離れるという関係をつくることが理想的である。
それが愛社精神を失わせるわけではないことをリクルートはある意味証明している。
しかし、多くの会社ではそれを行うと、「替えの利かない人材が辞めていくのではないか」、「せっかく育てて活躍してくれている人をみすみす手放してしまうのではないか」という懸念が大きく、舵をきりづらいということが多い。
もちろん個別のケースにおいて、辞めてほしくない人材は引き留めるべきだし、リクルートだってそうしていると思う。
だが、根本思想としては、会社が本人のキャリアを優先し、本人が外に出るメリットがあれば送り出すというのがリクルートの基本的なマネジメントの思想になるのだろうと思う。
なぜなら、本人が自律的に会社を利用して働くということを日々のマネジメントや人事施策で要望しているからであり、本人が組織にいるうちは最大限コミットして成果を出してもらう。在籍している間に会社に目いっぱい貢献してもらう。その代わりお互いのメリットが合わなくなったらたとえ会社としてはまだ残ってもらいたいタイミングであっても辞めてもらってもしょうがない。
その代わりに会社はエンゲージメント高く働く社員と変化適応力を得られるというロジックが成立しているのかなと思う。
そういう思想が根本にあって、各人事施策が生み出されているということが私が本書で受け取った一番のメッセージだと思う。本書では、細かな各種施策についても触れられているので、ぜひご興味のある方は手に取ってみてみてほしい。自社の組織と対比しても面白いのではないだろうか。